産業医の働き方
──会社員など働く人にとって、産業医は比較的身近な存在かもしれません。一方で、受験生のなかには仕事のイメージがつきにくい人もいると思います。まず、産業医とはどのような仕事なのか教えてください。
私が勤めている関東の企業には、複数人の産業医が在籍しています。従業員の健康管理や、治療と仕事を両立するためのサポートの他、企業全体の健康づくりを推進する業務も、産業医の大きな仕事の一つです。
仕事の中心は従業員や職場との面談です。それ以外では、月に1回ほど「職場巡視」を行います。法律で定められている産業医業務の一つで、実際に職場を見て回り、安全・衛生面などで改善できるところがないかを確認し、必要に応じてアドバイスをしています。
──勤務時間や残業はどのくらいですか?
勤務時間は8時から17時までです。私は子どもの保育園のお迎えや育児があるので、仕事と家庭のメリハリをつけるように意識しています。ワークライフバランスという意味では恵まれているほうだと思います。
──従業員と同じ勤務体系なのですね。以前は臨床医としても働かれていたとのことですが、臨床医と産業医ではどのような違いがありますか。
臨床医は、病気やけがをした方を病院で治療することが主な仕事だと思います。一方、産業医は働いている従業員の方を対象に、健康な状態で仕事を続けられているかを医学的な視点から判断する仕事です。そのため、対象となる方は異なると思います。
医師を目指したきっかけ
──Kさんが医師を目指したきっかけを教えてください。
自分ではあまり覚えていないのですが、子どもの頃から人の体の仕組みなどには興味があって、そういう本を好んで読んでいたようです。子どもの頃に通っていた病院の先生への感謝や憧れも、きっかけとして大きかったです。ただ、医師という仕事を具体的にイメージし始めたのは、高校2、3年生の頃だったと思います。
「何がわからないのかもわからない」状態から物理で学年1位に
──メディカルラボに入ったきっかけは何だったのでしょうか。
両親に勧められたことが大きかったです。医学部を受験するとなったときに、「きちんと塾に通ったほうがいいよね」と、両親が調べて、メディカルラボを勧めてくれました。メディカルラボに通い始めたのは高校3年生の5月頃からで、少し遅めのスタートでした。
──通い始めたのが高3の5月頃ということで、当時はどんなことが課題と感じていましたか?
正直、決して成績が良いほうではなかったので、そもそも合格できるのかなという漠然とした不安がありました。それに、医学部受験は特殊な世界だと思っていたので、どう受験を進めたら良いのかも全然わかっていませんでした。勉強の進め方そのものも課題だったと思います。
──メディカルラボに実際に通い始めて、ご自身で感じた変化はありましたか?
毎日メディカルラボに通うことで、定期的に勉強する習慣がついたことが一番大きかったと思います。
先生には勉強の仕方やノートの作り方から教えていただきましたし、大学ごとの特色や、私自身のキャラクターもしっかり見極めたうえで、個人に合った受験戦略を組んでくださったのは、大変ありがたかったです。
──印象に残っている授業や、先生とのやり取りはありますか。
私は主に数学と物理を教えていただいていたのですが、特に物理が苦手でした。最初は、自分が苦手だということも理解していなかったくらいだったので、物理は本当に重点的に対策していただきました。最初は受験レベルというより、教科書レベルから始めていただいたのですが、物理は特に伸びました。
──「物理が伸びた」と実感したのはいつ頃でしたか?
特に夏くらいに実感しました。学校の授業がなくなる少し前くらいですね。その頃には、学校の試験で学年1位を取ることもできました。東大を志望しているクラスメイトよりも良い成績を取れたこともあって、そこは本当に先生やメディカルラボの皆さんのおかげだったと感じています。
──苦手だったのにもかかわらず、学年1位というのはすごいですね! 何が大きかったのでしょうか。
物理に関しては、当初は、何がわからないのかもわからないくらいの状態でしたが、先生に教えてもらうなかで、教科書に書いてあることの意味が少しずつわかるようになっていきました。「これは教科書にちゃんと書いてあったんだ」と気づけるようになったことが、大きかったと思います。
個別指導で見つけた「自分に合う学び方」
──順調に成績も伸びていったんですね、それは個別指導がご自身に合っていたということでしょうか?
やはり、一人ひとりに合わせて授業を組んでもらえるのは、個別指導のメリットだと思います。以前、集団の塾に通っていたこともあり、もちろん集団の塾にもいいところはあると思うのですが、質問に行きづらかったり、先生の目が届かないところもあったりしたので、私は個別指導のほうが合っていました。
私はだらけがちな性格と自覚しており、お尻を叩いてくれる人が保護者や学校の先生以外に身近にいたことも大きかったと思います。
──東京の私立医大に進学されたとのことですが、志望校選びについても、メディカルラボに相談していたのでしょうか。
関東圏の大学については、私も両親もまったく馴染みがありませんでした。そのなかで、「この学校はこういう入試の傾向がある」といったことも含めて、受験の戦略を立ててくださったのは助かりました。
──現在、産業医として働くなかで、メディカルラボでの経験が生きていると感じることはありますか。
産業医に限らず、医師は一生勉強し続けなければいけない仕事だと思います。知識をアップデートしながら、今の自分に何が足りないのかを考えて、それに向けてどうしていけばいいのかを自分で考える。そういう姿勢が身についたのは、メディカルラボのおかげだと思います。
「知識や技術だけでは、いい医師にはなれない」
──無事医学部に入られて、卒業されたあとは初期研修を経て専門分野を選んでいくことになると思うのですが、Kさんはどの分野に進んだのでしょうか?
最初は腎臓内科に進みました。理由は学問的に興味があったことが大きいです。外科系は自分には少し厳しいかもしれないと考え、興味のある内科系の分野に進みました。
──実際に医師として働き始めて、学生時代に抱いていたイメージとの違いはありましたか。
思っていたよりハードな仕事だと感じました。体力だけでなく、精神力も必要な仕事だと思います。また、医学的な知識や技術だけではなく、患者さんや他の医療スタッフと円滑にコミュニケーションを取るスキルも必要というのは、働き始めて改めて強く感じたことでした。知識や技術があるだけでは、いい医師にはなれないと痛感しました。
──患者さんや一緒に働くスタッフさんとのコミュニケーション力も求められるのですね。臨床医として働くなかで、特に大変だったことはありますか。
当直ですね。朝から働いて、そのまま夕方から翌朝まで勤務して、さらにその日の夜まで働くこともありました。お風呂にも入れず、食事も取れないようなこともあって、やはり大変な仕事なんだなと感じました。
臨床医から産業医へ…転身の理由
──臨床医から産業医に転身したきっかけを教えてください。
もともと学生の頃から、予防医学や公衆衛生には興味がありました。病院で働いていたときは、病気をきっかけに生活が一変してしまう患者さんや、そのご家族、介護をする方と接することも多くありました。ちょうどその頃、私の家族が大きな病気をしたということもあり、「病気になってから治療することだけが医師の仕事ではないのではないか」と考えるようになりました。病気になる前の段階から医師としてアプローチできれば、より多くの人の健康を支えられるのではないかと思い、キャリアチェンジを考えるようになりました。
──臨床医から産業医へ移ることに、不安や迷いはありましたか。
もちろんゼロではありませんでした。ただ、コロナ禍でハードに働いていた時期でもありましたし、もともと興味のあった分野でもあったので、新しい環境で働けることへの期待も大きかったと思います。
──産業医になって数年ほど経ったとのことですが、医師という仕事に対する考え方に変化はありましたか。
臨床医は、目の前の患者さんの病気を治したり、命を救ったりすることが第一だと思います。そのため、どうしても家庭や職場のことまでは、十分に目を向けにくいこともあると思います。
一方で産業医は、本人の健康面だけではなく、その人の職場や家庭のことまで含めて考えながら、従業員の方や職場・他部署とも相談して、無理なく継続できる健康管理をしていく必要があります。そこは、産業医になって初めて知ったことでしたし、臨床医とは違う役割があるのだと思います。
夫婦で相談した「継続して働けるキャリア」
──お子さんもいらっしゃるということですが、結婚や出産といったライフイベントは、働き方やキャリアを見直すきっかけになりましたか。
出産は(きっかけとして)大きかったです。ワークライフバランスも含めて継続性のあるキャリアを考えたことが、転職のきっかけの一つでした。私は初期研修中に結婚しましたが、ちょうどコロナ禍も重なり、夫も同じように忙しく、お互い家にいられる時間も少なく、会える時間も短い日が続きました。
「この生活をずっと続けるのは難しいな」という気持ちはお互いにあり、二人とも無理なく継続して働けるキャリアをきちんと考えたほうがいいよね、という話をするようになりました。
──産業医になって生活に変化はありましたか?
かなりありました。当直がないので、毎日家に帰れるというのは大きな変化でした。家族そろって夕食を囲む時間は大切で、とてもありがたいなと思います。
──出産を経験したことで、仕事に対する考え方に変化はありましたか。
デスクワークがメインとはいえ、妊娠中に働くことはとても大変でした。ただ、産業医だからこそ、なんとか両立できたと感じています。
また、体調不良を抱えながら働く人の気持ちも、少しはわかるようになったと思います。従業員の方も全員が健康なわけではなく、病気を抱えながら働いている方もいらっしゃいます。そういう方が、どうすればどこまで働けるのかということを考えるときの解像度は上がったのかなと思います。
──子育てとの両立は女性に限らず男性にとっても課題だと思いますが、職場の環境はいかがですか?
子どもが体調を崩して仕事を休まなければいけない日もありますが、男女や子どもの有無に関わらず、誰かが休むときには、お互いに感謝の気持ちを持って、仕事を引き受けたり、やってもらったりしています。
医師になって初めて見えた「さまざまな働き方」
──医学部医学科では女子受験者が3年連続で増え、2025年度入試では5万3,917人と過去10年で最多となりました。Kさんが医学部生だった頃は、将来のキャリアや働き方をどのくらい具体的に考えていましたか。
何科に行きたいということは考えていたと思いますが、臨床以外の選択肢については、ほとんど知る機会がなかったように記憶しています。周りを見渡しても、病院で勤務する道しか考えていない人がほとんどだったと思います。
振り返ると、いろいろな働き方をしている医師のロールモデルを知る機会が、もう少しあっても良かったのかなと思います。
──ロールモデルになるような女性医師はいなかったのでしょうか。
学生時代に接した先生は、男性が多かった印象があります。特に私が学生だった頃は、フルタイムで働きながら育児をしている女性医師と接することができる機会も、あまりなかったと思います。
その後、腎臓内科に進んでからは女性の先生も多く、子育てをしながら働いている先生からもお話を伺えるようになりました。今の上司も、お子さんを育てながら働いていらっしゃり、「こういう働き方もあるんだな」と知ることができました。いろいろな場所や働き方を探せば、自分に合った選択肢も見つかると感じるようになりました。ロールモデルを意識するようになったのは、医師になってからですね。
──女性であることで、働きづらさを感じたことはありますか。
私が学生だった頃は、特に医師は男性を中心に回っているように感じることがありました。家庭と仕事を両立している男性の先生も、身近にはあまりいらっしゃらなかったと思います。
そのため、「女性だけが家庭のことも仕事もやらなければいけないのかな」と感じたことはありました。今は夫と一緒に家庭のことをやっていますし、職場にも恵まれているので、働きやすい環境だと感じています。
女性も男性も…持続可能なキャリアのために大事なこと
──女性医師も男性医師もキャリアを続けていくうえで、医療現場にはどんな課題があると思いますか。
キャリアを途切れさせないための支援制度は、まだ改善の余地があるのではないかと感じています。
私自身は詳しくありませんが、院内に保育所があったり、復職のためのプログラムが整っていたりすると、女性医師も出産などのライフイベントを迎えることへの不安が少なくなるのかなと思います。
──医療現場の働き方は、以前と比べて変わってきていると感じますか。
病院での働き方の変化には詳しくありませんが、私の職場は理解があるほうだと思います。お子さんがいる方も多く、助け合いながら働いています。ただ、全員が自分の希望通りに働けているかは難しい問題だと考えています。
幅広い経験を積んでオールマイティな産業医に
──今後はどのようなキャリアを築いていきたいですか。
オールマイティな産業医になりたいと思っています。今の職場を選んだ理由の一つも、産業医がたくさんいて、幅広い経験を積めると思ったからです。もちろん専門分野に特化することも大事だと思いますが、私は幅広く経験を積んで、様々な分野に対応できる産業医を目指しています。
──最後に、医学部を目指している学生に伝えたいことはありますか。
医師は一生勉強し続けなければいけない仕事ですし、体力的にもハードなので、万人に向いている職業とは正直言えません。ただ、人の役に立てていると実感できることもあり、やりがいのある楽しい仕事だと思います。
働き方の選択肢が複数あることを知って、勉強以外にもさまざまな経験をしてほしいですね。あとは、体や心の健康づくりも医師にとって大切なことだと思っています。
