「今日のことなんだけど…」娘からの電話

その日の夜、正男さんの携帯に由佳さんから電話がかかってきます。

忘れ物でもしたかな?と思った正男さんでしたが、由佳さんの声色は低く、なんだか不機嫌な様子です。

「お父さん、今日のことなんだけど……。孫の初めての誕生日なのに何も持ってこないで、健太が用意してくれたお寿司まで持って帰るって、さすがにちょっと図々しくない?」

由佳さんからの電話は、誕生日会での正男さんの振る舞いについてでした。

「健太は気を使って何も言ってこなかったけど、私はすごく恥ずかしかったし、嫌だった」

娘から「恥ずかしい」と言われた正男さんは、ついムッとして言い返してしまいます。

「1歳の子どもに何をあげたってわからないだろ。それに、寿司だって余ってたんだから捨てるよりいいじゃないか」

「そういう問題じゃないでしょ! 健太のご両親がいる場でも、お父さんは同じことができるの?」

そこから口論はさらにヒートアップし、最後には「もういい、しばらく家に来ないで!」と電話を切られてしまいました。

資産が減っていく恐怖が「使わないこと」を目的にしていた

孫の誕生日会に手ぶらで参加し、余った食事まで持ち帰ろうとする正男さんの行動は、たしかに気持ちのいいものではなかったかもしれません。しかし、今回の出来事を「マナーが悪かった」という話だけで終わらせると、その背景にある大切な問題を見落としてしまいます。

現役時代から決して多くない収入で倹約生活を心がけていた正男さんでしたが、お金を使うことに強い不安を感じるようになったのは妻の死がきっかけです。

会社員だった妻には月12万円ほどの年金収入があり、夫婦で月23万円程度の年金を受け取っていました。ところが妻に先立たれ、妻の年金収入の12万円がほぼそのまま減ってしまったのです。

収入が半分以下になっても、生活費も半分になるわけではありません。住宅の維持にかかる費用や光熱費、車の維持費など、一人になったからといって半分にはならない支出もあります。月10万円の年金だけでは足りず、預貯金を取り崩す月が増えていきました。

支出の管理はしっかりしていた正男さんでしたが、毎年少しずつ減っていく預金残高を見るうちに「できるだけお金を使わないようにしよう」という意識が強くなっていったのです。

その結果、

「1歳ならプレゼントをもらってもわからないだろう」

「余って捨てられるくらいなら持ち帰ったほうが寿司も喜ぶ」

と、自分にとって都合のいい判断をするようになってしまったのです。正男さんに悪気はありませんでしたが、周囲からどう見えるのかという視点が抜け落ちていました。

今回の問題は、正男さんが倹約に走りすぎたことではありません。

「あといくら使っても大丈夫なのか」がわからないまま、減っていく資産だけを見続けていたことです。