「1歳ならプレゼントなんてもらってもわからないだろう」

地方都市で一人暮らしをしている鈴木正男さん(75歳・仮名)は、3年前に妻を病気で亡くし、現在は一人で生活しています。

現役時代は小さな会計事務所に勤務。60歳で一度は引退したものの、長年勤めた職場ということもあり、現在でも繁忙期になると帳簿整理などを手伝っています。

毎月安定して得られる収入は約10万円の公的年金のみで、そのほかには繁忙期のバイト代が年に30万円ほどあります。現役時代は厚生年金に加入していなかった期間が長く、一般的な会社員の人よりも公的年金の金額は少なくなっています。妻を亡くした時点で1,000万円を超える金融資産がありましたが、足りない分は取り崩して生活しています。

そんな正男さんには、隣町で暮らす一人娘の由佳さん(40歳・仮名)がいます。由佳さんは夫の健太さん(42歳・仮名)と結婚し、前年に待望の第一子が誕生しました。正男さんにとって初孫です。

ある日、由佳さんから正男さんに連絡がありました。

「今度の誕生日にうちの子の誕生日のお祝いをするんだけど、お父さんも来る?」

誕生日が来れば、孫はちょうど1歳。初めて迎える孫の誕生日を、正男さんも楽しみにしていました。

何かプレゼントでも……と思いましたが、1歳が喜ぶプレゼントが思い浮かびません。妻がいれば相談できたものの、亡くなった今は正男さんが考えるしかありません。的外れなプレゼントを選ぼうものなら、由佳さんから「余計なもの持ってこないで」と言われる可能性もあります。かと言って、高いものをプレゼントする余裕はありません。

「まだ1歳なんだから、何をもらったって覚えていないだろう」

考えた結果、正男さんはあえてプレゼントを持って行かないことにしました。

誕生日会に手ぶらで参加、帰りには「この寿司、もらっていい?」

由佳さん夫婦の家では、孫のために小さな誕生日ケーキや飾りつけが用意されていました。由佳さんの夫・健太さんは、義父である正男さんに楽しんでもらおうと、普段ならめったに注文しない高級な寿司まで用意していました。

シャリから大きくはみ出した大トロ、軍艦からこぼれ落ちそうなウニ、正男さんの大好物・のどぐろ――

お財布事情が気になってスーパーで肉や魚を買うことすら悩んでしまう正男さんは、目の前にある高級なネタの数々に心が躍ります。

「これはうまいな。のどぐろなんて食ったの、いつぶりだろうなあ」

そう言いながら、次から次へと寿司を頬張ります。

孫の誕生日会にプレゼントを持ってこず、孫に目もくれず高級寿司を食べる正男さんに、由佳さん夫婦は多少の違和感を覚えました。とはいえ、その場では何も言わず、家族4人で楽しい時間を過ごしました。

やがて孫がお昼寝を始めたため、正男さんもそろそろ家に帰ることに。しかし、食卓に残った寿司を見て、ついこんなことを言ってしまいました。

「この寿司、余ってるなら持って帰ってもいい? 何か入れ物はあるかな」

一瞬、由佳さんの表情が固まります。

「いいですよ、ちょっと待ってください」

張り詰めた空気を察した健太さんが、キッチンから保存容器を持ってきて、残っていた寿司を詰めてくれました。

「悪いね、ありがとう」

健太さんにお礼を伝え、正男さんは何事もなかったように帰宅しました。