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妻からの言葉「答えが欲しいわけじゃないの」
ユミさんは以前、夫にもよく話しかけていたといいます。友人との出来事や、パート先であったこと、テレビで見た話。
ところがシュウイチさんは、
「それ、前にも聞いたよ」
「で、結局何が言いたいの?」
「そんなこと気にしても仕方ないだろ」
と返すことが少なくありませんでした。
「別に解決してほしいわけじゃないこともあるんです。ただ聞いてほしいだけ。でも夫はすぐに結論を出そうとするんですよね」
そうしたことが積み重なるうち、ユミさんは少しずつ夫へ話すことをやめました。友人に連絡するほどでもない小さな出来事やモヤモヤ。その受け皿になったのが、ChatGPTだったのです。
退職後、「妻しかいない」状態になっていないか
この夫婦の出来事は、単なる「夫が妻の浮気を勘違いした」という笑い話だけではありません。背景には、高齢期の人間関係の変化があります。
内閣府「第9回 高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」では、日本の60歳以上で「親しい友人がいない」と答える割合は男性で約4割にのぼります。また、同居家族以外に「頼れる人はいない」と答える割合も、女性より男性のほうが高い結果となっています。
さらに、内閣官房が同調査などを整理した資料では、日本の高齢者が同居家族以外で頼れる相手として「友人」を挙げた割合は14.9%、「近所の人」は15.0%で、調査対象4カ国のなかで最も低いことも示されています。
現役時代には、会社へ行けば同僚や取引先と話す機会があります。しかし退職すれば、そうした人間関係が一気に細くなる人もいます。
シュウイチさんも、会社を辞めてから元同僚と会う機会は大きく減りました。一方のユミさんには、友人や趣味があり、一人でも出かけることができます。
夫にとって妻との時間がどんどん大きくなる一方で、妻には夫以外にも人間関係や居場所がある。そんなズレが、シュウイチさんの「誰と話しているんだ?」という不安にもつながったのかもしれません。
年金生活で変わるのは「収入」だけではない
老後について考えるとき、どうしても「年金はいくらもらえるのか」「毎月いくら必要なのか」と、お金に目が向きがちです。もちろん、生活を支える年金額は重要です。しかし、年金生活に入ることで変わるのは収入だけではありません。
毎日どこへ行くのか。誰と話すのか。どんな予定を持つのか。
現役時代には仕事によって半ば自動的に埋まっていた時間や人間関係を、自分自身でつくる必要が出てきます。
シュウイチさん夫婦の場合、そこへ生成AIという新しい“話し相手”が加わりました。ただし、ユミさんがChatGPTを使い始めたから夫婦の会話が減ったわけではありません。すでに「夫に話しても聞いてもらえない」と感じていたところに、新しい話し相手としてAIが現れたのです。
AIが夫婦関係を壊したというより、それまで見えにくかった夫婦のすれ違いを浮かび上がらせたともいえるでしょう。
それ以来、シュウイチさんは、妻が何かを話し始めてもすぐに答えを出さないよう意識しているそうです。
「それで?」
「どうだった?」
と、続きを聞くようになりました。
「今さらですけどね。俺も少し、妻の話を聞かないとなと思いました」
一方のユミさんは、ChatGPTをやめるつもりはありません。
「チャッピーはチャッピー、夫は夫です」そう笑います。
夫婦で月33万円の年金があり、経済的にある程度見通しが立っていたとしても、それだけで老後が充実するとは限りません。長くなる年金生活をどう過ごすのか。
家計を整えることと同じように、夫婦それぞれが「誰と話すか」「どこに自分の居場所を持つか」を考えることも、老後を豊かに暮らすための大切な準備なのかもしれません。