「住宅ローンさえ払い終えれば、老後の住まいは安心」――多くの人のライフプランに根付いているイメージでしょう。苦労して住宅ローンを完済し、老後を迎えたAさん夫婦も、そうでした。ところが、ある思わぬ出来事をきっかけに、二人は長年守ってきた「終の棲家」を手放し、家賃28,000円の公営住宅へ移ることを決めます。いったいなにがあったのか。本記事ではFPオフィスツクル代表・内田英子氏が、Aさんの事例とともに、老後の住まいをめぐる、見過ごされがちな落とし穴について解説します。
「まさか家賃2万8,000円の公営住宅に住むことになるとは…」年金月22万円・74歳夫婦、“ローン完済の一戸建て”を手放した〈想定外すぎる理由〉【FPが解説】
持ち家でも、その場所で暮らし続けられるとは限らない
厚生労働省の資料によると、介護サービス職業従事者の2025年度の有効求人倍率(パート含む常用)は3.84倍。直近4年間でも同水準で推移しています。全職業では安定して1.1倍前後で推移している状況と照らし合わせると、介護分野では人材を確保しにくい状況が続いていることがうかがえます。
利用者が担当者や事業者を替えたいと思っても、代わりの人材が見つからなければ、サービスそのものを受けられなくなることがあります。必要な介護サービスが受けられないと、日常生活が回せなくなってしまうこともあり、晩年の暮らしに与える影響は小さくないでしょう。
また、総務省の「令和5年住宅・土地統計調査」によると、2023年の空き家数は900万2,000戸、空き家率は13.8%と、いずれも過去最高。空き家が増加している背景には、地域の人口減少があります。人口が減少する地域では、住宅の買い手が見つかりにくくなるだけでなく、介護、医療、交通、買い物など、暮らしを支えるサービスが縮小する可能性も見過ごせません。
もちろん、持ち家にはよさがあります。住み慣れた場所で暮らせる安心があること。ローンを完済すれば、修繕費や維持費の負担は続くものの、月々の住居費は賃貸よりも抑えやすくなることです。介護のために自宅を改修することも可能でしょう。
一方、周囲の環境が変わり続けても、家を動かすことはできません。時の流れのなかで、購入した当時は便利だった地域でも、30年、40年後まで同じ環境が続くとは限らないのです。
Aさん夫妻の誤算は、「持ち家なら、暮らしは一生安泰」と考えていたことにありました。
長男家族との同居が成り立たなかった理由
Aさん夫妻を心配し、受け入れてくれた長男家族。しかし、仕事や子育てのある家族と暮らすなかで、二人に割り当てられたのは約6畳の子ども部屋として使う予定の部屋。いずれは孫が必要としますし、忙しい二人に浴槽やトイレなど、介護のためのリフォームをお願いするわけにもいきません。厚意をありがたく思いながらも、二人には「いつまでも世話になるのは申し訳ない」という気持ちが募りました。
公営住宅での新しい暮らし
そこで別の住まいを探したところ、公営住宅の要件を満たしていることがわかり、入居することとなりました。そこでは、希望の介護サービスも受けられます。
「まさか、自分たちが公営住宅に住むとは思いませんでした」
夫妻はそう笑いながらも、「立地がいいし、介護サービスの担当者についても相談しやすい。なにかあれば相談できるので、充分です」と話します。
2度の引っ越しを機に、長年溜め込んでいた持ち物もたくさん整理でき、身軽になりました。引っ越し作業を進めていく過程で、子どもたちに生活状況を詳しく知ってもらえたことは、予想外の収穫だったそうです。
Bさんは振り返ります。
「引っ越したいと思っても、自分たちだけではどうすることもできなかったと思います」
今回、夫妻が住まいを変えられたのは、家族や周囲の力を借りられたからです。「子どもたちに迷惑をかけたくない」と考えるのは、親として自然な思いでしょう。
しかし、安心できる介護サービスがないまま自宅で頑張り続け、Aさんの妻の心身にも限界が訪れていたら、どうなっていたでしょうか。ある日突然、生活が立ち行かなくなれば、子どもたちは仕事や子育てを続けながら、介護、住み替え、家財整理、施設探しなどを一度に引き受けることになったかもしれません。