総務省『家計調査』によると、高齢夫婦無職世帯は毎月の収入だけでは支出を賄い切れず、老後資金への不安は依然として大きな課題です。物価上昇が続くなか、「老後のお金はできるだけ残すべきだ」という考え方も根強くあります。しかし、その常識とは異なる決断をした人もいます。ある夫婦の事例から、その実態をみていきましょう。
「後悔なんてありません」〈退職金2,000万円〉を世界一周で使い切った70歳男性。通帳の残高を見つめながら「本当に、お金を使ってよかった」と涙するワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

退職金を使い切ったことに後悔はない

そんな旅行から10年。世界一周では、当初の予定通り、1年間で2,000万円を使い切り、その後4年は貯蓄を取り崩しながら生活していました。その間、想定外のことがひとつありました。

 

「62歳から特別支給の老齢厚生年金を受け取ることができて。月10万円弱。すごく助かりました」

 

65歳時点の資産は1,400万円ほど。当初の計画よりも大きな資産額。順風満帆な老後のスタートだったといいます。しかし、さらに想定外のことが起きました。正雄さんが67歳のとき、妻・洋子さんが亡くなりました(享年66歳)。発症から半年ほどだったそうです。

 

「平凡な毎日が、20年くらい続いて、私が先に逝くものだと思っていました」

 

70代となり、心配する子どもたちからは同居の話も出ているとか。しかし、もう少し、亡くなった洋子さんとの日々を懐かしむ生活を送りたいといいます。そう言いながら眺めるのは預金通帳。現在の残高は1,000万円ほど。昨年、築40年以上たったマイホームをリフォームして、400万円ほど払ったといいます。

 

「これが退職金2,000万円の振り込み。1年できれいになくなっているでしょ。これも妻との思い出のカタチです」

 

そう懐かしみながら、涙声になる正雄さん。

 

「周囲はみんな反対していたけど、世界一周の旅行に行って本当に良かった。妻も『人生で一番の思い出』と言ってくれた。あのときの楽しい思い出だけで、この先も生きていけそうな気がします」

 

これから医療、もしかしたら介護や施設への入居などと、お金がかかるようになるでしょう。「お金が足りない」という可能性もゼロではありません。しかし「あのとき退職金を使い切らなければ——」という思いはないといいます。

 

「結局、お金があればあるなりに対応できるでしょう。それよりも、悔いがないことが私たちにとって大切なことだったんです」

 

総務省『家計調査 家計収支編 2025年平均』によると、無職の65歳以上夫婦は1カ月あたり4万円ほどの赤字。1年で50万円ほど、10年で500万円ほど、20年で1,000万円ほど、貯蓄から取り崩す計算です。

 

一方で、金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯調査)2025年』によると、金融資産額の中央値は60代で1,400万円ですが、70代でも1,178万円。極端には目減りしていません。将来への不安から節約を重ね、結果的に多くのお金を残したまま人生を終える人が少なくないことが推測されます。

 

佐藤さん夫婦のように、心身ともに元気なうちに「悔いのない生きたお金の使い方」をすることも、豊かな老後のひとつの形といえるのかもしれません。