成功モデルゆえのジレンマ

もっとも、武蔵野市にも課題はある。

最大の課題は住宅価格の上昇だ。

武蔵野市は人気が高いため、不動産価格も高い。若い世代にとっては住宅購入のハードルが年々高くなっている。

地元不動産会社の担当者はこう話す。

「親世代が武蔵野市に住んでいても、子ども世代は価格が高くて近隣市に移るケースがあります」

つまり、知的専門職層を惹きつけることには成功しているが、その成功が新たな参入障壁を生んでいるのである。

また、近年はリモートワークの普及によって居住地選択の自由度が高まっている。

軽井沢や葉山のような地域が新たな選択肢として浮上している中で、武蔵野市も「選ばれ続ける理由」を磨き続ける必要がある。

武蔵野市が教える「人材定着戦略」

これまで本連載では、ホタテで栄えた猿払村、競走馬産業を抱える安平町、ブランド再設計に成功した軽井沢町、若い共働き世帯が集まる長久手市などを取り上げてきた。

武蔵野市は、そのどれとも異なる。

この街が生み出しているのは、産業の集積でも観光需要でもない。それは、「知的資本の定着」である。

企業経営で考えればわかりやすい。多くの企業は優秀な人材を採用することに力を注ぐ。しかし、本当に難しいのは、その人材に長く活躍してもらうことである。

武蔵野市は、まさにそれを地域レベルで実現している。

高所得者を呼び込むだけではなく、住み続けてもらう。子育てをしてもらう。そして次の世代へと知的資本を受け継いでいく。

派手な話題は少ない。超富裕層の街でもない。しかし、長年にわたり高所得を維持し続けている事実は、この街が優秀な人材に選ばれ続けていることの証明でもある。

武蔵野市の豊かさの源泉は、吉祥寺の商業力でも、地価の高さでもない。

「優秀な人が住み続けたくなる環境をつくること」――その地道な積み重ねこそが、この街最大の無形資産なのである。

鈴木 健二郎
株式会社テックコンシリエ 代表取締役
知財ビジネスプロデューサー

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