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専門窓口への相談と、突きつけられたアドバイス
限界を感じた美沙子さんは、まずは和子さんが住む自治体の「地域包括支援センター」へ足を運びました。地域包括支援センターは、高齢者の暮らしを総合的に支えるために全国の自治体に設置されている公的な相談窓口です。社会福祉士や保健師などが在籍しており、経済的な困窮や、親子関係のトラブルといった複雑な課題に対しても相談に乗ってくれます。そこで専門の職員から突きつけられたのは、思いもよらないアドバイスでした。
「お母様を自立させるためにも、あなたが一緒にいてはダメです。一度、距離を置きましょう」
身を削って母親を支えることが正解だと信じ込んでいた美沙子さんにとって、その言葉は大きな衝撃でした。しかし同時に、このままでは2人とも共倒れになるという現実を、冷静に受け入れるきっかけになったといいます。相談の上で方針を決めた美沙子さんは、引越し業者を手配し、身の回りの荷物だけを持って家を出ました。
いつもとは違った様子に「私を置いていかないで!」と泣き叫ぶ和子さん。美沙子さんは感情的にならず、ただ静かに一言だけ「あとは専門の人に任せるから。安心して」と告げて、振り返ることなく自宅をあとにしたといいます。
美沙子さんが家を出たあと、地域包括支援センターの主導により、和子さんの生活インフラを維持するための具体的な手続きが始まりました。まず、経済的な管理に関しては、社会福祉協議会が実施している「日常生活自立支援事業」の利用を検討しました。これは、福祉サービスの利用手続きや、毎月の生活費の支払いの管理などを援助する公的な仕組みです。
美沙子さんは言います。「母の口座から光熱費や家賃が適切に引き落とされているか、これまでは私がすべて管理していました。それを公的なサービスに委ねることで、私が直接関わらなくても、母の最低限の生活が維持できる体制を作ることができました」
さらに、家事などの日常生活の不便に対しては、自治体が独自に提供している高齢者向けの「家事援助サービス」や「配食サービス」を手配しました。他人が家に入ることを拒んでいた和子さんでしたが、娘がいないという現実の中で、行政の支援を受け入れざるを得なくなりました。
娘が去った家で、和子さんは初めて「本当の孤独」に直面することになりました。当初は美沙子さんの携帯電話に何度も着信がありましたが、美沙子さんは相談員のアドバイス通りにあえて一定の距離を保ち、業務的な連絡が必要な場合はすべて支援センターの職員を通じる形を徹底しました。
数ヵ月が経ち、和子さんは行政の紹介で地域のシニア向けサロンやコミュニティに顔を出すようになったといいます。娘だけに向けられていた過度な執着は、外部の専門家や地域との関わりによって、少しずつ分散されていきました。
「思い返すと、『私がいないとダメ』と、私のほうこそ執着していたのだと思います」