年金は早くもらったほうが得――そんな「年金繰上げ」に対する注目が、現役世代の会社員の間で高まっています。数字を見て、情報を集めて、納得して決めたはず……。それでも、制度上のルールを知らなかったことで、思いもよらなかった事態に直面することがあります。本記事では、ある60代男性の事例をもとに、繰上げ受給に潜む「見落とされやすい落とし穴」について、FPの三原由紀氏が詳しく解説します。
年金の繰上げなんてしなきゃよかった…61歳半ばで年金受給を開始した元会社員。「早くもらったほうがいいに決まってる」納得の決断が一転、病院で思わず叫んだワケ【FPの助言】
繰上げ受給が選ばれる背景と、計算に入りにくいリスク
厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業年報(令和5年度)」によると、国民年金の受給権者(基礎年金のみ)で繰上げを選択した人は146.5万人で24.5%、繰下げを選択した人は12.9万人で2.2%となっています。ただし、厚生年金の受給権者においては、繰上げは26.0万人で0.9%、繰下げは44.5万人で1.6%です。
つまり、繰下げよりも繰上げを選択する人は多いものの、厚生年金を受け取る会社員においては、まだそれほど多くないというのが実情です。
一方で、現役世代の会社員の間で、繰上げ受給の注目が高まっているのも事実です。その背景にあるのは、「いつまで生きるかわからないなら、早くもらったほうがいい」という感覚のようです。さらに近年では、SNSや動画サイトなどで「繰上げ+投資」という考え方が広まったことで、繰上げ受給が合理的な選択に見えやすくなっています。
確かに、数字だけを見れば納得感はあります。たとえ減額されても、早く受け取った分を運用に回せばいい――一見、理にかなっているように見えます。
しかし、その計算に入りにくいのが、まさに高橋さんが直面した「健康リスク」です。
老後の生活設計は、つい「何歳まで生きるか」という視点で考えがちですが、実際には「どのような状態で生きるか」も同じくらい重要な要素です。思いもよらなかった変化が、ある日突然訪れることも少なくありません。
たとえば、障害等級2級に該当した場合の障害基礎年金額は、2026年度で年額84万7,000円(月額約7万600円)と、老齢基礎年金の満額と同水準です。障害の状態が続く限り、長期的に支給されます。しかし、繰上げ受給を選択すれば、このお金を受け取れなくなる可能性があります。
繰上げ受給には、こうした障害年金との関係以外にも、知っておくべき制約があります。たとえば、老齢基礎年金と老齢厚生年金は必ずセットで請求する必要があり、どちらか一方だけを選ぶことはできません。このように、損得の計算だけでは見えてこない「制度上の制約」が、繰上げ受給にはいくつも伴っているのです。
