78歳母の介護の始まり

佐藤健一さん(50歳・仮名)は、妻と大学生の子ども2人と4人で暮らす会社員です。隣町には、母の和子さん(78歳・仮名)が住んでいました。

父の死後、和子さんは慎ましく一人暮らしを続けてきました。しかしある日、自宅で転倒。大腿骨を骨折し、2週間の入院生活を送ることになります。退院後は杖なしでは歩けず、要介護認定も受けました。

「このまま一人では無理だな……」

健一さんは正社員で働いており、兄弟たちも遠方に住んでいるため、家族会議の末、無理に在宅で抱え込むより専門の施設に任せた方が母のためだろうという結論に至ります。

退院から数日後、月額18万円で入居できるグループホームが見つかりました。和子さんの年金は月12万円。不足分は健一さんが補填する形でしたが、「母の安全には代えられない」と決断しました。

痩せていく母と、募る後悔

和子さんはもともと控えめな性格で、「トイレに行きたい」「寒い」「これが食べたい」といった希望を他人に強く言えない人でした。

認知症もなく、頭ははっきりしていました。だからこそ余計に、他人に下の世話をしてもらうことへの恥ずかしさもあったのでしょう。施設では決められた時間にトイレ誘導がありましたが、言い出せず失敗してしまうこともあったといいます。

健一さんが面会に行くたびに、母は少しずつ痩せ、表情も暗くなっていました。

「ここは悪い人はいないけど……なんだか息が詰まるの」
 「もう生きていること自体が苦しい」

その言葉に、健一さんは胸を締めつけられます。

「老人ホームになんて入れるんじゃなかった」――そう思い、退去させることを決断しました。そして母を自宅に呼び、日中はデイサービスを利用しながら在宅介護を始めました。

最初は家族全員で協力しましたが、現実は甘くありませんでした。仕事を早退する日が増え、妻の負担が増し、夫婦関係がぎくしゃく。子どもたちも嫌がらずに介護を手伝ってくれますが、就活や学業と両立は大変です。

母は母で「子どもや孫に迷惑をかけて申し訳ない」と、施設とは違う肩身の狭さを味わっているようです。家族全員が目に見えない疲労を抱えていきましたが、「また別の施設に入れる」という選択もためらわれます。在宅介護という決断をしたはずが、また迷い、身動きが取れない日々を送っています。