企業誘致の本質を問う――“忍野村モデル”が示唆する地方戦略

忍野村の成功は、単に「大企業を誘致した」ことではない。「そこで働く人々の生活全体」を支える視点で地域づくりを進めた点にある。

第一に、企業誘致は「雇用・税収・定住」の三位一体で設計すべきだということ。多くの自治体は法人税収や雇用創出に目を向けがちだが、忍野村が示したのはそれを超えた複合的効果だ。高所得者層が定住することで住民税が増加し、彼らの消費が地元の飲食店や小売店を潤す。若い世代が増えれば保育・教育施設が充実し、さらに人を呼び込む好循環が生まれる。この「働く人の生活全体」を見据えた戦略こそが、持続的な地域活性化を生む鍵となる。

第二に、「高給与還元企業」の誘致が地域経済に与える影響は絶大である。ファナックは「利益を社員に積極還元する」方針を貫いてきた。単に大企業を誘致するだけでなく、「どんな給与水準・雇用方針の企業か」まで見極める戦略眼が自治体には求められる。高給与が地域で消費されれば、その経済効果は法人税収をはるかに上回る波及効果を生むだろう。

第三に、インフラ整備と企業定着を一体で進める重要性だ。忍野村は独身寮・社宅整備を後押しし、交通インフラや光回線を積極整備した。企業が「ここで長く事業を続けたい」と思える環境を整えることで、一時的な誘致ではなく、持続的な共生関係を構築できる。

地域を変える力とその“危うさ”

忍野村モデルは、地方都市でも応用可能だ。成長企業の本社・研究所誘致、スタートアップ集積、IT企業サテライトオフィス誘致など、「高所得層⇒定住⇒地域消費⇒所得増」の循環を作れば、地域経済は変わる。

重要なのは、企業誘致を「点」ではなく「面」で捉え、生活環境・教育・インフラを含めた総合的な地域戦略として設計することだ。

地元で食料品店を営む女性はこう話す。

「昔は若い人がどんどん都会に出て行った。でも今は子どもの声が聞こえるし、若い夫婦が『この野菜、おいしいですね』と笑顔で言ってくれる。ファナックの人たちと地元民の給料は全然違うかもしれないけど、村が元気になったことは間違いない」

忍野村は、「企業が地域を変える力」を証明したモデルケースだ。一企業の本社移転が、40年以上の時を経て、村全体の経済構造を変え、次世代を育む土壌を作り出した。

一方、一企業依存のリスクも見逃せない。忍野村の経済はファナック一社に過度に依存しており、同社の業績悪化や移転があれば村全体が大打撃を受ける。

忍野村は今後、他企業の誘致や観光業の高付加価値化、起業支援など、経済基盤の多角化が持続可能性を高める鍵となる。

富士山麓の小さな村の物語は、地方創生の希望でもあり、警鐘でもあるといえるだろう。

鈴木 健二郎
株式会社テックコンシリエ 代表取締役
知財ビジネスプロデューサー