親子の想い…絡み合っていた紐がほどけた日

その後、太田さんは再び実家を訪れ、こう切り出しました。

「母さん、去年はごめん。怒らせるつもりじゃなかったんだ。ただ、母さんが倒れたりしたらどうしよう、っていう心配の気持ちからだったんだ」

母はしばらく黙ったあと、静かに話し始めました。

「大丈夫だなんて言ったけど、本当は知られたくなかったの。お前たちにはお前たちの生活があるから、心配をかけたくなくて」

母が持ってきた通帳には、偶数月の15日に「19万8,000円」の振込履歴がありました。やはり2ヵ月分の年金額でした。 毎月の引き落とし後の残高は、常に数千円単位。定期預金を取り崩しながら、ギリギリの生活を続けていたのです。

「迷惑だなんて思わないよ。これからはできる範囲で一緒に考えていくから」

太田さんがそう伝えると、母の目から涙がこぼれました。

その日、二人は通帳や家計簿を見ながら、削減できる支出と、食費や光熱費など削り過ぎてはいけない支出を整理して、公的な支援制度などについても話し合いました。

生活の小さな変化に表れるサイン…「親の安心を守る」気持ちで歩み寄る

年金額を月額だと勘違いしているケースや、社会保険料が引かれることを把握していないケースなど、年金に関する誤解は実際によくあります。遺族年金の制度についても詳しく知らない人が多く、親が実際にどれくらいの年金を受け取っているのか、把握していない人も多いのではないでしょうか。

暖房を使わない、冷蔵庫の中身が質素、家のメンテナンスがされていない、など生活の小さな変化に、暮らしの余裕のなさのサインが表れているかもしれません。

親は「迷惑をかけたくない」「心配させたくない」「まだしっかりしている自分を見せたい」などの思いから、つい強がってしまいがちです。

だからこそ、大切なのは「資産を把握すること」「背負うこと」が目的ではなく、「親の安心を守るため」という姿勢で歩み寄ることが、親子の距離を縮める第一歩になるはずです。

伊藤 寛子
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)