長年コツコツと働き、贅沢もせずにお金を貯めてきた――。そんな堅実な生き方は、老後の安心につながるはずです。しかし、蓄えがいくらあっても「心の豊かさ」までは保証してくれません。気づけば、楽しみは通帳の残高を見ることだけ。人生の後半になってようやく「自分は何のためにお金を貯めてきたのだろう」と立ち止まる人がいます。今回は、節約を極めたひとりの男性が老後に抱えた“虚しさ”を通じて、ファイナンシャルプランナーの小川洋平氏がお金との向き合い方を解説します。
(※写真はイメージです/PIXTA)
通帳の残高が増えるのがうれしくて、うれしくて。〈資産5,000万円超〉筋金入りの倹約人生を歩んだ65歳元会社員。寒い冬、小さな部屋で独り「これでよかったのかな」ぽつりと零すワケ
安心できる老後のはずが、心だけが満たされない
仕事をしていた頃は毎日が忙しく、深く考える余裕もありませんでした。しかし、時間に余裕が生まれた老後、金本さんの生活は想像していたような「ゆったりした幸せ」とは別物でした。
生活費はほぼ年金の範囲でまかなえる。贅沢をしなければ資産を減らさずに暮らしていける安心もある。それでも心は満たされず、ただただ時間を持て余す日々が続いていたのです。
「お金はある。だけど、使い方がわからない」
使う理由が思いつかず、かといって何もしない時間は不安と孤独を募らせたのです。
ついに“やってはいけない一線”を越えてしまう
あり余る時間の中で、金本さんはSNSや匿名掲示板を見ることが増えました。最初は暇つぶしでしたが、次第に自分とは違う意見を攻撃することでストレスを発散するようになっていきました。他人を否定する言葉を書くたびに、「自分は優れている」と優越感を感じるようになっていったのです。
ある日、地元掲示板に自分が勤めていた会社の話題が投稿されているのを見つけた金本さん。内部事情を知っているがゆえ、つい元同僚の悪口を、個人が特定できる書き方で投稿してしまいました。
その投稿が拡散され、事態は思わぬ方向へ転がりはじめました。後日、金本さん宛に届いたのは名誉毀損による50万円という慰謝料の請求でした。
金額自体は大きな問題ではありませんでした。積み上げてきた資産が減ること以上に、自分が匿名の書き込みで他人を傷つけてしまったこと、そしてその結果として法的な通知を受けたことが、金本さんに大きなショックを与えました。
「俺はいったい何をやっているんだろう……」
その日、金本さんは小さなワンルームで一人、しばらく動けずにいました。