37年間コツコツ働いて手にした退職金2,800万円が、わずか3年で1,700万円に――。大場良一さん(当時60歳・仮名)は、取り返しのつかない後悔に項垂れました。しかし、彼が失ったものは、お金だけではなかったのです。軽はずみな判断が家族全体を巻き込んだ悲劇から学べる教訓を、FPの青山創星氏と一緒に考えていきましょう。
通帳に刻まれた「退職金2,800万円」…かつてない高揚感に包まれた日。それから3年、63歳会社員が失った「お金より大切なもの」【FPの助言】
株価下落で「600万円の損失」に愕然
コロナ禍からの回復期、世界的なインフレ懸念と金利上昇により、株式市場は大きく混乱しました。そんな中、大場さんが投資した仕組債が連動していた日経平均株価は、ノックイン水準を大きく下回る下落。株式で償還されることになったのです。
「2,800万円が2,200万円……600万円も減ってる」
大場さんは愕然としました。妻への相談なしに行った投資が、夫婦の老後資金を大幅に減らしてしまったのです。銀行に問い合わせるも、山田氏(当時の担当)は異動済み。別の職員からは「リスクについては契約時にご説明しております」と淡々と告げられました。
恵子さんに事実を打ち明けた時の光景を、大場さんは今でも鮮明に覚えています。
「退職金を丸ごと投資して600万円も損したって……なぜ私に相談しなかったの?」
恵子さんの顔は青ざめていました。しかし、夫婦での話し合いを重ね、「今後は必ず相談する」と約束。徐々に信頼関係を回復しつつありました。しかし、大場さんの心の奥底では、「この損失を何とか取り戻したい」という焦りがくすぶり続けていたのです。
「損失を取り戻せますよ」弱った心に漬け込む甘い罠
そんなある日、大場さんに1本の電話がかかってきました。
「大場様でいらっしゃいますね。お客様が被害に遭われた仕組債の件でお電話しました。私どもは投資被害の回復を専門とする会社です。大場様の損失、取り戻すことができますよ」
藁にもすがる思いだった大場さんは、なぜ自分が仕組債で被害に遭ったことを相手が知っているのか疑問に思うべきでした。しかし、当時の大場さんは、銀行に相談しても「契約ですから」と突き放され、誰にも頼れない孤立状態でした。冷静さを失っていた大場さんは、そんな当然の疑問すら抱かずに業者の甘い言葉に耳を傾けてしまいました。
「ただし、被害回復のためには、まず金投資で利益を出していただく必要があります。金は今、世界的に価格が上昇しており、必ず利益が出ます。その利益で弁護士費用を賄い、本格的な被害回復手続きに入りましょう」
丁寧な言葉で業者は続けました。
「証拠金として500万円をお預かりします。3ヵ月で倍になりますから、1,000万円になったところで損失回復に取り組みます」
損失への焦りで冷静さを失っていた大場さんは、妻には内緒で500万円を投じてしまいました。そして3ヵ月後、業者との連絡が取れなくなりました。金投資の話は完全な詐欺。大場さんの手元には、何も残りませんでした。