お金なし、コネなし、語学力なしからのスタートだった

出所:『』
出所:『自由で、明るく笑って過ごす スペイン流 贅沢な暮らし』(大和出版)

「まさか私が、海外で暮らすことになるなんて」。

そう思ったとき、私の手元にあったのは、わずかな貯金と、「変わりたい」という小さな決意だけでした。「お金なし、コネなし、語学力なし」という、何もないところからのスタート。それでも、何もしないまま終わってしまう人生のほうが、私には怖かったのです。

まず「お金なし」について。

離婚後、私は数種類の仕事を掛け持ちし、必死に生活を保っていました。子どもたちが社会人になってから、ようやく貯蓄を始められたものの、大きな額の蓄えはありませんでした。それでも留学費用を捻出するため、保険は崩せるものをすべて解約し、洋服やバッグ、書籍に至るまで、家にあるほとんどの生活品をフリマアプリで手放しました。小さなワンルームの生活品を処分して生まれたわずかなお金を、渡航費として貯めていったのです。

目標は1年間を生き抜くための250万円。毎日電卓を叩きながら、口座の残高や解約できる保険を確認し、「貯蓄が空っぽになっても、きっとどうにかなる」と自分に言い聞かせました。国内旅行ですらもったいなくて行けなかった私が、このときばかりは「何かを変えたい」一心で、不思議と動くことができました。

次に「コネなし」。

これまでの私は、「〇〇家の奥さん」「〇〇ちゃんのお母さん」「〇〇会社の人」と、常に所属する場所があり、その立場に合わせた振る舞いが必要でした。それは、ある意味で守られた生活だと言えます。しかし、スペイン留学を決意した私は、住民票を抜き、健康保険証を返却し、マイナンバーカードを失効させました。人生のあらゆる「紐づけ」から自らを解き放つ行為は、不安を募らせるものでしたが、後戻りしたいとは微塵も思いませんでした。現地に頼れるコネも、知り合いもいない中で、私は文字通りたったひとりでスペインの地へと旅立ったのです。

「誰かの何か」ではなく、ただ「私」として生きること。それがどれほど怖くて、でも尊いことなのかを、この旅が教えてくれる気がしていました。それは、過去の自分と決別し、まっさらな新しい人生を始めるための、静かで大きな儀式でした。