打ち砕かれた「不労所得」の夢

ところが、現実は思いどおりにはいきませんでした。契約時には満室だったアパートは、2年足らずで3割が空室に。物件の競争力も弱く、なかなか次の入居者が決まりません。

さらに、金利上昇でローン返済の負担が増すなか、外壁にひび割れが見つかり想定外の修繕費も発生。不労所得どころか、貯金を切り崩す事態に陥りました。売却しようにも、築古で流動性の低い物件の価値は下落しており、借金だけが残ります。

「ねえ、どうするつもりなの」

不安が募る妻から問い詰められ、信吾さんはひたすら謝ることしかできませんでした。

「不労所得を夢みて安易に飛びついた俺がバカだった。すまない……」

「万能感」という危険な錯覚

不動産投資に限らず、退職金で資産運用を始めて失敗する人の共通点は、大金を手にしたことによる「万能感」にあります。

まとまったお金を手にすると、普段は慎重な人でも気が大きくなりがちです。また「早く使わないともったいない」という不要な焦りも判断を誤らせます。

会社勤めが長い人ほど、「家賃」や「配当金」といった定期収入に安心感を覚える傾向が強いです。そこへ「不労所得」という魔法の言葉が加わると、その裏に潜むさまざまなリスクへの認識が鈍ります。

その結果、本来は時間をかけて学ぶべき難しい投資に手を出して失敗し、その損失を早く取り戻そうとして、さらに大きな損失を被るという悪循環に陥ってしまうのです。

退職金は「生活の土台」

このような失敗を避けるためには、一定期間“投資を凍結する期間”を設けることが大切です。

まずは退職後のキャッシュフローを整理し、生活コストを見直すことから始めましょう。特に早期退職者は、年金受給までの空白期間が長く、受給額も少なくなる傾向があります。退職金は、老後の生活を支える「土台」であることを忘れてはいけません。

人生100年時代、失敗も転機と捉えて再就職することも前向きな選択肢のひとつです。

働くことで得られるメリットを享受しつつ、多少の失敗では揺るがない生活基盤を築いたうえで、夫婦協力のもと正しい知識をもって取り組めば「老後の不労所得生活」は決して夢物語ではないでしょう。

山原 美起子
株式会社FAMORE
ファイナンシャル・プランナー