令和に突入して7年。社会や価値観の変化に合わせて、言語表現も淘汰されてきました。しかし「死語」となった表現のなかにこそ、当時の風情を感じられるものです。本連載では、栗山圭介氏の著書『昭和が愛した言葉たち』(有隣堂)より、死語になってしまった昭和の言葉が持つ愛とユーモアをご紹介します。
Z世代には通じない。「これにてドロンします」に隠された、昭和モーレツ社員の“粋”と“したたかさ”
ドロン
急にいなくなる。さぼる。
解説
歌舞伎など時代物の舞台で幽霊が消えるときに用いる効果音が語源とされる。1960年代になり、忍者ものの実写番組で、忍者が両手の人差し指を重ねて立てると煙幕が焚かれ、ドロンと姿が消える忍びの術の定番となった。どのように煙幕が焚かれたかと夢をこわすようなことを言う者は少なかった。
ウルトラマンの「シュワッチ」やおそ松くんに登場するイヤミの「シェー」のような大胆なポーズ付き決めゼリフではなく、ひかえめに消えるところが忍びのイメージを裏切らなかった。
高度成長期になり、多忙なサラリーマンたちが仕事帰りに酒場に寄ると、ひとりだけ先に帰ろうとする者が申し訳ない感じを出して、「お先にドロンさせていただきます」と丁寧な言葉さばきで暖簾の向こうへ消えていった。
ポーズはダブル人差し指、もしくは頭を下げながら手刀を切る「メンゴ」ポーズ。無論、暖簾を抜けるとほくそ笑み、小さくガッツポーズ。このような、そろそろお会計というときに「ドロン」する者は多く、味をしめて度々繰り返すうちに飲み会に誘われなくなり、やがて同僚の信頼を失くした者も多い。
「飲み会ドロン」防止策として、「ドロン常習者」を幹事に任命するなど策が講じられたが、そうなると飲み会そのものを「ドロン」する「先読みドロン」が行われた。まさに心理戦、忍びの世界である。
具体的な用法例
A男「すみません、今日オシリがケツカッチンなんで、お先にドロンさせていただきます」
B男「そうですか、残念ですね。今日は課長が奢るって言ってましたよ」
A男「あっ、思い出した。用事、明日だった。帰らなくて大丈夫です」
(しばらくして)
A男「課長、すみません。ごちそうになります」
課長「おー、任せとけ。あれっ、ちょっと待ってくれ。すまん、俺、持ち合わせないから割り勘で頼む」
A男「……」
(翌日)
B男「課長、昨日は上手くいきましたね」
課長「これも我が課のチームワークのためだ」
B男・課長「うっしっし」
※うっしっし=大橋巨泉が好んで用いた含みのある笑い方でザマーミロの意。
ひとくちメモ
「ドロンします」と言った後に、「ボワッ」と言って煙幕の音響効果を付け加える者も多かったが、さほど効きめはない。家出、蒸発、駆け落ち、失踪、逃亡、亡命など、事態が深刻な場合には用いない。
現代の言い換え
バックレる。
栗山 圭介
作家、クリエイティブディレクター