■登場人物

・クリスティン・ベンツ…投資調査会社モーニングスターの資産管理およびリタイア計画担当ディレクター
・ラミット・セティ…作家(『トゥー・ビー・リッチ 経済的な不安がなくなる賢いお金の増やし方』)

お金を使ってもいいと自分に言い聞かせる

クリスティン:リタイアと同時に訪れるもっとも難しい心理面の変化は、それまでずっと蓄財モードにあった人が、引き出すモードに切り替えることだそうです。どうすればスムーズに切り替えられるでしょう?

ラミット:もしあなたに〝今は仕事が忙しいだろうから友達をつくるのは65歳まで待ちなさい〟といったら、きっと〝ばかなこといわないで〟と笑うでしょう。ところがお金に関して、僕らはまさにそういうアプローチをしている。貯金して、積み立てて、投資して、そうやって貯めつづけた果てに、自然と使い方が身につくだろうと思っている。

ところが皮肉なことにぜんぜんできないんです。リタイアした人はどの世代よりもお金の心配をします。たとえ数百万ドルの資産があっても心配するんです。それはお金に対する感覚が口座残高と合致していないからです。

FIREコミュニティ(Financial Independence, RetireEarly community:経済的自立を果たして早期退職した人たちのコミュニティ)のご夫婦と話しました。430万ドルの資産をつくって50歳でリタイア生活に入ったおふたりで、人生の成功者と呼べるでしょう。ところがふたりはお金の使い道に困っていたんです。冗談ではなく真剣に悩んでいたんですよ。

この話をポッドキャストで披露したんですが、それはお金に悩んでいる人はたいてい〝あと1万ドル、あと5万ドルもっていたら〟とか〝リタイアしたらこんな悩みはなくなるのに〟と自分に言い聞かせて不安をまぎらわせるからです。実際は430万ドル持っていても悩む人は悩みます。このご夫婦以外にも、罪悪感や過剰な不安から逃れられない億万長者は大勢います。億万長者と呼ばれる人の多くはいまだ10セント安いガソリンのために8キロ先のガソリンスタンドまで給油しにいくんです。

そんなのは豊かな生活とはいいません。どうすれば節約できるかばかり考えていて、豊かな生活など送れるはずがありません。

クリスティン:私はまさにそれが理由で個人年金保険を契約しようかと思っているんです。ポートフォリオから引き出すことを躊躇するくらいなら、定期的な収入があるほうが精神的に楽だと思いまして。そういうシステムについてはどう思われますか?

ラミット:コンセプトは悪くないと思いますよ。40年以上、毎月給料が振り込まれるのが当たり前の生活を送ってきたのですから、苦労して積みあげた金額が毎月減っていくのは心理的に負担ですよね。

ただ、他人にお金を引き出してもらうためだけに高額な年金保険を契約するのがいいかどうかは別問題です。そんなことをするくらいなら、むしろ子どもに電話をかけて、こっちの口座からあっちの口座に毎月〇〇ドル送金してもらえないかと頼むほうが賢いと思います。子どもには頼めなくて、自分でやると不安に駆られるなら、まあ個人年金保険もいいんじゃないでしょうか。いろいろな選択肢がありますからね。