「退職金」は冷静さを奪う?

退職金という大金を手にするとつい気が大きくなり、「一生懸命働いてきたんだから、これくらいの贅沢はいいだろう」と財布の紐が緩んでしまう人は少なくありません。そして、いったん緩めた紐はなかなか締められないものです。

しかし、たとえば、月の支出が30万円だと、単純計算で年間支出は360万円。年金受給開始までの5年間で1,800万円が失われる計算です。

蓄えた老後資金を延命するには、長く働くことを考えましょう。現役並みに働けということではなく、“細く長く働く”のがポイントです。投資などで「お金に働いてもらう」という方法もありますが、知識がないままの安易な投資は、痛いしっぺ返しをくらうことになりかねません。

「令和7年度版高齢社会白書」によると、60~64歳の男性の就業率は84%となっており、65~69歳では62.8%に達しています。女性の就業率も高く、60~64歳で65%。65~69歳でも44.7%と、半数近くの人がなんらかの仕事に就いているようです。

とはいえ、定年まで懸命に働いたにもかかわらず、いつまで「働けばいいんだ」という気持ちもわかります。そういう人はいったん仕事を辞めてリフレッシュしてから、再度働くことを考えてみましょう。

もちろん老後のために貯めた資金ですから、使うこと自体が悪いわけではありません。ただ、人生100年時代といわれる現在、親の介護もさることながら、自分自身の介護や病気といった不測の事態に備えるためにも、「働きながら取り崩す」という資産計画を立てることが大切です。

夫婦で決断した「第2の人生」

先行きの不安に駆られた雄一郎さんは、勇気を出して投資での失敗談を告白。花江さんの浪費癖も2人で向き合っていこうと話したうえで、老後資産を延命するために、自宅の空き部屋を利用して学習塾を開くことを決めました。近所の小学生を対象とした、補習塾のようなものです。

週に3回、1日数時間だけですが、定期的な収入が見込めます。元教え子の口コミなどもあって、丁寧でわかりやすい授業が評判となり、月に10万円ほどの収入となっています。

自分たちの得意分野で仕事を再開し、生活に張りも戻ってきた2人。雄一郎さんは「よくわからないまま投資を始めたことは悔やんでいます。でも、これがきっかけで夫婦でしっかり話し合うことができたし、その結果塾を始めたことで、妻のネットショッピング依存がなくなったんです」と嬉しそうに話してくれました。

2人はこの学習塾について、体力が持つ限りできるだけ長く続けたいと考えています。年金受給開始まであと2年。それまでのあいだは預金の取り崩しが続きますが、年金をもらうようになれば一部は貯蓄に回すことができる見込みです。老後資産への心配が軽減された2人は、穏やかに第2の人生を歩み始めました。

山﨑 裕佳子
FP事務所MIRAI代表
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP認定者