林さん(仮名・67歳)は住宅ローンを完済し、十分な資産と年金を持ってリタイア生活を送っています。経済的な不安はほとんどなく、表面的には誰もがうらやむ「余裕の老後」を手に入れたはずでした。しかし、林さんの「ある感情」が、その平穏を揺るがす事態をもたらします。今回は、老年期にありがちな“感情の揺れ”とその影響について、CFP®の伊藤寛子氏が解説します。
俺の人生は失敗だったのか…住宅ローン完済・資産4,000万円・年金30万円の67歳・元大手企業会社員。「誰もが羨む老後」のはずが、〈嫉妬〉と〈虚無感〉に蝕まれたワケ【CFPの助言】
「老後資金の準備」と「価値観に沿った暮らし」はセットで考える
老後の備えが万全な人ほど、「これだけ準備したのだから、きっと幸せになれるはず」と思いがちです。確かにお金は老後の「安心」になりますが、「満足」や「生きがい」とは別物です。
林さんは老後資金こそしっかり準備ができていましたが、リタイア後の生きがいや目的を深く考えないまま退職を迎えてしまいました。
「何のための準備か」が明確でないと、どれだけ蓄えがあっても満たされず、他人がよく見え、自己嫌悪に陥ってしまいます。老後資金の準備と同じくらい大事なのが、「自分が何を大切にしたいか」を考えることです。たとえば以下のような点から、価値観を整理してみましょう。
・どんな暮らしをしたいのか
・どんなことに喜びや、やりがいを感じるのか
・誰と、どのような時間を過ごしたいのか
これらの「価値観」をもとにライフプランを組み立てることで、「老後資金をどう使うか」がはっきりし、納得感のある人生設計につながります。
「老後資金が十分あれば安心」と思っても、その資金を使ってどのような暮らしをしていきたいのか、「自分の価値観」を持っていないと、何のための備えかわからなくなり、計画的に使っていくことができません。
林さんの場合、見栄や対抗による「浪費」に陥ってしまいましたが、目的や価値観が明確になっていないことで、資産はあるのに「お金を使うことができない」というケースもあります。
「旅行や趣味に使う予算」や「子どもや孫への援助」など、お金の使い道に優先順位をつけることで、目的ある資金の使い方が見えてくるでしょう。
「自分らしい老後」の価値観を育てる
退職後の時間を充実させるには「役割」や「居場所」を持つことも大切です。地域活動、趣味のコミュニティ、ボランティア、孫の世話など、自分に合った社会との関わり方を持つことで、心の満足感が大きく変わります。
退職して「自分らしい老後」とは何か向き合おうとしても、すぐに答えが見つかるとは限りません。退職前から徐々に準備をしておくことで、「自分らしい老後」の価値観を育てていくことができるのではないでしょうか。
よりよい人生を目指す向上心は素晴らしいものです。しかし、「もっと幸せな人生を」と常に他人と比べてばかりいると、いつまでも満たされることはありません。大切なのは、他人との比較を気にするのではなく、自分自身が納得できる人生を生きることです。
幸せの形は人それぞれ異なります。経済的な準備と、自分の価値観に合った生き方をセットで考えることで、納得のいく「自分らしい老後」を手に入れることができるのです。
伊藤 寛子
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)