「自分の存在価値」を見失い、他人と比べてしまう

林さんのように経済的には十分安定していて、周りから見れば恵まれているように見えていたとしても、「他人の方が幸せそうだ」と、心が満たされないケースは少なくありません。

人には誰しも「認められたい」という承認欲求があります。現役時代は会社での役職や、仕事の成果を評価されることで、自分の存在意義や価値を実感できる場がありました。

しかし、退職とともに「肩書」や「役割」を失い、社会との接点も減ることで、自分の存在意義や認められている実感を見失ってしまうのです。

林さんも同様に、リタイアしたことで会社員としての肩書や役割がなくなり、自分の存在価値を見出せなくなっていました。

実際には、大企業で役職を得て長年働き続け、老後資金をしっかり準備できたこと自体が十分価値あることですが、自分自身でその価値を認めることができず、周囲と比較するようになってしまったのです。

「満たされない心」が壊す、人間関係と老後の安心

林さんは次第に、「どうせ俺なんて」「あいつは成功者だ」といった言葉を繰り返すようになり、嫉妬心から批判的な発言や、不機嫌な態度を取ることが増えていきました。

最初は受け止めていた妻も、エスカレートしていく夫の態度に我慢できなくなり、徐々に距離を置くように。そして、林さん自身も、嫉妬心から友人や知人との関わりを避けるようになり、人間関係が悪化していきました。

さらに、林さんは見栄や競争心から身なりや時計、車などにお金をかけるようになり、外食やゴルフなどの出費も増加。不要な出費がかさんでいったことで家計は徐々に圧迫されていき、気づいた時には貯金残高が半分にまで減ってしまっていたのです。

本来なら「安心の老後」を支えるはずだった資金が、不安と見栄に押されて削られていく――。それは皮肉にも、自らの手でその安心を揺るがしてしまった結果でした。