A夫妻を襲ったさらなる悲劇「お金はあるのに」

引っ越しのために動き出したのは、入居から約3年後。Aさんは64歳、Bさんは63歳になっていました。そのため、“事故物件化”のリスクを避けたいオーナーの意向か、また「娘に迷惑をかけたくないから」と保証会社に保証人を依頼したためか、金銭的には問題ないにもかかわらず、なかなか住む家が見つかりません。

とはいえ、スタッフにおびえて暮らす地獄のような現状からは一刻も早く脱出したい……そうしてA夫妻がなんとか借りられたのが、6畳一間・家賃6万円の築古アパートでした。

A夫妻「最高の余生を過ごしていたはずが、なんでこんなことに……」

築古アパートに引越したあと、娘には「老人ホームで改装工事が始まったので、しばらくほかのところで暮らす」と連絡していました。娘は「連絡先がアパートみたいだし、そもそも新築の老人ホームなのにたった3年で工事? なにかおかしい」と思い、夫に出張のついでに両親の様子を見てきてほしいと頼みました。

その結果、築古のアパートで暮らしていることを知った夫は驚愕。すぐに2人の保証人となり、築浅の賃貸マンションへと引っ越しをさせました。短期間に生活環境が激変したA夫妻を心配した娘は、両親に今後の家計の見通しを立ててもらおうと、娘夫婦の知り合いであったFPを紹介することに。

お金があっても家を借りられない…高齢者が賃貸住宅に“嫌がられる”理由

内閣府「令和5年度高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果(全体版)」によると、65歳以上で賃貸住宅に入居を断られた理由は、「高齢のため(61.5%)」が最も高く、次に「万一のときの身元引受人がいないため(28.2%)」、「家賃の連帯保証人がいないため(20.5%)」と続いています。

この調査は65歳以上を対象としていますが、筆者のところにみえた相談者のなかには、すでに50代から賃貸住宅の入居を断られた話も聞きます。持ち家がなく老後を迎えるには、終の棲家を探しておくことが大切です。

また、東京商工リサーチの調査によると、2024年1月から6月までに倒産した負債額1,000万円以上の介護事業者は、去年の同じ時期よりも27件増えて全国で81件。上半期としてはコロナ禍の2020年の58件を大きく上回り、調査を開始した2000年以降最多です。

サービス別では、「訪問介護」が40件、デイサービスなどの「通所・短期入所」が25件、「有料老人ホーム」が9件。原因は、倒産した事業者のおよそ8割にあたる64件が、売上不振を挙げています。

また同調査では、「訪問介護やデイサービスなど、在宅の高齢者を支える事業者の倒産が顕著で、人手不足や物価高の先行きが不透明なだけに、歯止めがかからない状況が続くとみられる」と指摘されています。つまり、そのような施設で“ある日突然運営元が倒産する(運営元が変わる)”というケースは、今後も続く可能性があるのです。

「後悔しています」…A夫妻の今後は?

両親の状況を知った娘は、両親のところに飛んできました。そして両親とともに筆者のところを訪れます。

Aさんは、「リスクを考えずに老人ホームに入居してしまって後悔しています……」と意気消沈、浮かない顔です。

Bさんは、「老人ホームほど広い間取りでなく中古でもいいので、私たちがマンションを買うのは厳しいでしょうか?」と尋ねました。

筆者は、「現在のおふたりの資産は1億円近くあり、旅行などの費用は別として、年金受給額の月32万円以内を目途に生活ができれば、マンションの購入はまったく問題ありません」と答えました。

今まで資産を散財することはなかった夫婦でしたが、生涯生活する予定の老人ホームに入居を決めるときは、ほかの施設を見学して費用を比較するなど、大きな買い物をするときに必要なプロセスが不十分でした。

もっとも、夫婦だけで老人ホームの経営状況を把握してから入居することは困難です。重要な決断には、家族や専門家など第三者にも加わってもらい、冷静な判断ができる環境を整えることをおすすめします。

牧野 寿和
牧野FP事務所合同会社
代表社員