相手を無意識に誘導するようなフレーズは、日常のなかにあふれています。日本語における特徴的な「匂わせ」表現についてみていきましょう。ふかわりょう氏と気鋭の言語学者・川添愛氏が、著書『日本語界隈』(ポプラ社)より対談形式で「日本語の妙味」について語ります。
店員さんの「~しておきましょうか」は無料?有料?…日常に潜む“ズルい”日本語表現【ふかわりょう×言語学者が対談】
ストップ!ズルい表現
川添:他にも、相手を誘導する言葉って意外とありますよね。たとえば、「いつ」。
前に、ナンパ術の本を読んだときに書いてあったことなんですけど、初めてデートをした相手と「また会いたいな」と思ったとき、「また会ってもらえる?」と言うと、「NO」が返ってくる可能性もあるじゃないですか。そういうときは「今度はいつ会う?」と言うと、相手が断りにくくなるというんです。
つまり、この言い方をした時点でまた会うことを前提にしてしまえるんですよ。
ふかわ:なるほど。すごいテクニック。心も誘導できちゃうんですね。先程も触れましたが、ネットニュースで、勝手に前提にするズルい表現を目にする機会が増えたように思います。たとえば、「〇〇が〇〇する〇〇の正体」の「正体」とか。
川添:ああ、ズルいですね。いかにも、何か大事なものが隠されている気がしますよね。これまでにも「〇〇が〇〇する本当の理由」とかはありましたけど、「正体」は新しいかもしれない。
ふかわ:新手ですよね。『ズルい言葉辞典』みたいなのを作りたいぐらいで、本当に横行している。噓までいかないけど、なんかそういう小さな狡こう猾かつがあちらこちらで散見されます。
川添:「〇〇だということをご存じでしたか」とかね。キャッチコピーでも、たとえば飲み物のCMで、「喉ごしにこだわりました」というのは普通だけど、「こだわったのは、喉ごしです」と言うと、だいぶ印象が変わりますよね。
ふかわ:全然違うなあ。どう違うんだろう。
川添:「こだわったのは、喉ごしです」のほうでは、こだわることが前提になっているんですよね。「私たち、何かにこだわるのは当たり前です」という主張が隠されていて、そのうえで「実際に、何にこだわったかというと、それは喉ごしです」と言っているんです。
ふかわ:「はじめたのは、冷やし中華です」っていう貼り紙はどうですか。
川添:それは新しいですね(笑)。そういう店を見かけたら、思わず入ってしまいそうです。
ふかわ:あとネットでいうと最近、「けしからん」という表現がポジティブに使われているんです。
川添:「けしからん」、懐かしい響きの言葉ですね。『サザエさん』※の波平とかが使うイメージですが、流行っているんですか?
※ 『サザエさん』:長谷川町子の漫画を原作とした国民的アニメ。初回放送は1969年。世界で最も長く放送されているテレビアニメ番組としてギネス世界記録を更新中。
ふかわ:そうなんです。特に多いのは露出度の高い女性の画像に対して、「こんなの、けしからんな」と使っているんですけど、本心は大歓迎ということで。
川添:なるほど、そういう使い方ですね。
ふかわ:ただ、またゆきりん(三島由紀夫)なんですけど、「けしからんしるこ」という表現があって。「おいしいおしるこ」という意味で使っているので、もともと「けしからん」にはポジティブな意味があったのかなと思ったんです。
川添:あったんですかね。「こんなにうま過ぎてどうしてくれる」、みたいな? ちょっとツンデレな感じですかね。
川添 愛
言語学者
ふかわりょう
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