90歳父を介護する娘の葛藤

〈事例〉

・父・Aさん(90歳):年金140万円で生活している独居の高齢者。体は動くが、認知症の症状が進行している。

・娘・Bさん(64歳):年収250万円の契約社員。自身も年金生活が近づきつつあり、限られた収入で父の介護費用を捻出している。

Bさんは、実家で一人暮らしをしている父Aさんの介護を一人で担っていました。Bさん自身は64歳で退職も間近、将来の経済的不安も抱えているなか、父の世話が次第に負担となり、体力的・精神的な限界を感じていました。

父Aさんも認知症の影響で日常生活が難しくなり、訪問介護などの支援を利用しても限界が見え始めていたため、Bさんは老人ホームの利用を検討するようになります。Bさんは老人ホームの候補を調べ、いくつかの施設を見学しました。

介護付き有料老人ホームでは、医療ケアが充実しており、父のような認知症の進行がある場合でも安心だと感じましたが、年金と自分の収入から賄うのが難しいと感じ断念しました。そのため、親族と相談して特別養護老人ホームで支援を受けることを決め、最終的に父を入居させることを決断しました。

ある日、父Aさんへ特別養護老人ホームへの入居を提案した際、父は「自宅で最後まで暮らしたい」と強く希望しました。しかし、Bさんには自身の体調や仕事があり、父の介護をしながらの日常生活は困難を極めていたのです。

「お父さん、私もこれ以上1人で頑張るのは難しいの」とBさんが父に語りかけると、Aさんはしばらく沈黙したのち、静かに答えました。「私も家にいたいが、皆に迷惑をかけてしまうなら、施設に入ることも考えないといけないかもしれないな」。この言葉にBさんは涙があふれましたが、父のためにも最善の環境を探そうと決意しました。

父を特養に入居させて数ヵ月…父の苦労

老人ホームに父Aさんを入居させてから数ヵ月が経過したある日、Bさんはふと自分が感じている違和感に気づきました。当初、介護の負担から解放されてホッとしたはずのBさんでしたが、最近はどこか後悔の念が強まっていることに気づいたのです。

というのも、入居当初から父Aさんは、新しい環境に適応するのに苦労していました。Bさんが面会に行くたび、Aさんは「やっぱり自分の家が一番だ」「この年齢で新しい人と関わるのは辛い」と、施設での生活に馴染めない様子を見せるようになりました。

さらに、Aさんの認知症の症状が少しずつ悪化し、ますます家族への依存が強くなっていることにBさんは心を痛めました。

Bさんは、親の介護を考える際、物理的なケアの負担だけでなく、本人の精神的な満足度や家族の心理的な影響も考慮するべきだったと痛感しました。父Aさんの場合、老人ホーム以外の在宅介護の補完策(デイサービスの活用や地域の見守りサービスなど)をしっかりと検討するべきだったと感じています。