毎年秋に奈良国立博物館で開催されている「正倉院展」(今年は10月26日~11月11日開催)。1300年前の聖武天皇ゆかりの宝物を見るために、毎年全国から多くのファンが訪れます。ここでは、正倉院の宝物である「正倉院紋様」を、和と着物の専門家である池田訓之氏が取り上げます。
格式高い着物や帯の柄として現代に伝わる「正倉院文様」
正倉院の宝物は、世界中から集まったものであるため、日本のものとは明らかに異なったデザインや柄が特徴です。
たとえば、獅子(ライオン)やラクダなどの動物は日本にはそもそも生存しません。そのほかにも鳳凰、花鹿、ペガサス、龍、花喰い鳥などの空想の生き物、植物では冒頭で述べた唐草を筆頭に、唐花、宝相華などのデザインや柄が正倉院の宝物に施されています。
そんなデザインの1つに樹下動物・鳥獣文様があります。これは大きな木の下に動物や鳥を向かい合わせで描いているデザインです。このデザインは3世紀~7世紀に存在したサザン朝ペルシャから伝来しています。古代ペルシャでは、天空に恵の雨を降らせる深海があり、その海中には聖なる樹ハマオが生育し、そこは聖地、楽園と考えられていました。動物や鳥獣は清められた存在を現しているのです。
正倉院の宝物に施されたこれらのデザインは、「正倉院文様」といわれ、実は着物や帯の柄としても現代に伝わっています。着物の文様に関する解説で「正倉院文様」と書かれているのを見かけたことがある方もいるかもしれません。これはその文様が正倉院の宝物に起因するということです。さらに正倉院文様は、聖武天皇のコレクションに始まり、その後各時代の為政者が自分の宝物を加えていきいまに至っているので、高貴で格の高い文様と格付けされています。
シルクロードを通って海外から伝わった異国情緒溢れるデザインが、日本の伝統的な着物や帯の柄として(しかも格式高い柄として)現在も使われている。ーーよく考えると不思議で神秘的な話ですよね。
織物、染物にも古代西洋の影響が…
文様だけではありません。「染め」や「織り」の技術についても、正倉院宝物には、世界の織物や染物がいろいろと含まれています。
染物でいえば、三纈(さんけち)と呼ばれる技法があります。纈とは染めのことで、臈纈(ろうけち)、纐纈(こうけち)、夾纈(きょうけち)の三種類の染技法です。それぞれは、ロウケツ染め、しぼり染め、板締めという技法であり、現在でも着物の染めによく使われている技法です。
織物でいえば、蜀江錦と呼ばれる宝物が有名です。これは中国の「蜀」という地域の「江」すなわち川の近くで織られた織物で、「錦」織という技法です。現在でも帯の代表的な織り方といえば錦織です。成人式の振袖の帯などはほぼ錦織だと思います。
日本の染や織の職人たちは、正倉院の宝物を研究し、技術を高めていったのです。