私たちの生活に忍び寄る虫の影――。その被害は「世界食料総生産の15.6%が、害虫により食品ロスとなっている」ともいわれており、近年深刻化しています。また、害虫駆除の現場では化学農薬を使用した殺虫剤が一般的ですが、その環境負荷は高く、生態系や生物多様性への悪影響が懸念されています。そんななか、AIを駆使して環境負荷や利用者の労力・時間等の負担を軽減した、害虫と向き合う新たな取り組みが注目されています。本記事ではそんな害虫から社会を守るテクノロジーを紹介します。
飛び回る害虫をAIがレーザービームで迎撃!虫の脅威から社会を守るテクノロジー (※写真はイメージです/PIXTA)

本システムの開発は、2020年12月に始まった農林水産省のプロジェクト、ムーンショット型農林水産研究開発事業「害虫被害ゼロコンソーシアム(先端的な物理手法と未利用の生物機能を駆使した害虫被害ゼロ農業の実現)」のなかの、一研究課題としてスタート。

 

食料の安定的生産に欠かすことのできない害虫駆除ですが、現在主流である殺虫剤等を使った方法は、化学農薬が主体のため、自然生態系や生物多様性への悪影響が懸念されます。そこで、従来のものに代わる新たな防除方法として、レーザー狙撃による防除システム開発に着手したのが始まりです。

 

現在は室内とハウス内で性能試験を実施している段階。レーザーによる狙撃の範囲内に人がいるときには、システムが停止される警護機能の開発を進めています。加えて、今後は実用化に向けてさらなる小型化・低コスト化に取り組み、より利便性の高いものにしていく構想です。

 

虫の種類をその場で特定できる、カメラ内蔵捕虫器

次にご紹介するのは、虫の捕虫器とAIによる画像判定を組み合わせた、捕獲した虫の種類を現場で特定するサービスです。

 

IoTソリューションの提供などを手がけるYEデジタルは、自社のAI画像判定サービス「MMEye(エムエムアイ)」で画像データを解析し、虫の種類を判定する取り組みを行っています。衛生管理サービスを提供する、イカリ消毒の高解像度カメラ付捕虫器「オプトビューワFly」との連携がポイントです。

 

捕虫器内のカメラが、6時間に1回の頻度で転送する捕虫シートの画像をAIが解析。どのような虫が何匹捕まっているかを、判別することができます。

 

AIにはあらかじめ、人が作成した害虫ごとの判定モデルを大量に学習させます。同じ虫でもシートへの張り付き方次第で、観察できる範囲が限られるため、インプット画像が多ければ多いほど精度を高めることができます。

 

かつては検査員が、検査センターに送られてきたシートを1つ1つ調べ、同定を行っていました。そのため2週間程度を要していましたが、本システムはAIと連携しているため、クラウドにデータがアップされたらすぐに同定することが可能です。

 

虫の種類を把握することで、衛生管理の精度を高めることができます。たとえば、食品を扱う工場やお店等で湿気を好む虫が多く発生する場合、漏水の可能性があります。また、外から来る虫が多い場合、建物に隙間のある可能性があります。施設内の虫を同定することで、そうした管理上の欠点を見つける手がかりとなり、必要な対策をとることができます。

 

(カメラ内蔵捕虫器「オプトビューワFly」&AI画像判定サービス「MMEye」/提供:YE デジタル)
(カメラ内蔵捕虫器「オプトビューワFly」&AI画像判定サービス「MMEye」/提供:YE デジタル)

 

MMEyeはもともと、食品工場で製品の外観検査などに活用されていました。これまでにも、オプトビューアFlyの他のカメラ内蔵捕虫器と連携しており、レストランや食品企業など衛生管理が求められる場面で検証されています。

 

たとえば、ネギ農家がドローン撮影した畑の画像を分析し、虫の種別や病気の発生に関する調査に活用されています。

 

YEデジタルは、今後も画像データを保持する企業との連携を前向きに考えており、さらに生成AIを活用したソリューション展開を構想しています。

 

スマホアプリで病害虫を特定して、適した農薬を提案!

昨今はスマホでもAIによる虫の画像診断ができます。農薬や医薬品の開発・販売を手がける日本農薬は、スマホアプリ「レイミーのAI病害虫雑草診断」を2020年4月にローンチしました。

 

同アプリは農作物に被害を及ぼす病害虫や雑草を、AIがスマートフォン内の写真をもとに診断。豊富なデータベースから防除に役立つ生態情報を提供し、さらに、対応する農薬を教えてくれます。

 

農薬を的確に利用するには、駆除対象の詳しい情報が不可欠です。一方で、昨今は地球温暖化などの影響から、予期せぬ病害虫が増加しています。そこで「見知らぬ病害虫を農家が特定できる仕組み」が開発されました。

 

AIによる種別特定の精度を高めるためには、膨大な「病害虫の正解画像」が必要です。そのため、自社で収集した画像だけではなく、農研機構が各都道府県の農業試験場から収集した70万枚の画像もデータとして使用。新しい画像を随時加えながら、アップデートを続けています。

(左)「レイミーのAI病害虫雑草診断」ホーム画面/(右)AIによる病害虫の診断結果画面(提供:日本農薬)※画面は開発中のもの
(左)「レイミーのAI病害虫雑草診断」ホーム画面/(右)AIによる病害虫の診断結果画面(提供:日本農薬)※画面は開発中のもの

 

2024年の6月末には18万ダウンロードを達成し、多くのユーザーから支持されています。ローンチ当初、診断できるのは田んぼの病害虫のみでしたが、現在はアップデートを繰り返しトマト、キャベツ、レタス、メロンなど25種類の野菜や果樹に忍び寄る、虫の診断が可能に。今後はさらに対応作物を増やし、マイナーな作物もカバーできるよう構想しています。

最新テックによる画期的な手法に今後も注目

これまで見てきたとおり、害虫の影響は食品産業や地球環境と大きくつながっています。各問題を解決するため、現在は害虫駆除に重点が置かれていますが、今後さらにテクノロジーが進化すれば、虫を守ったり習性を生かしたりすることに重点が置かれるようになるかもしれません。害虫をはじめとする生物や自然と、私たち人類がいかに共存できるかは、テクノロジーの進化が重要なカギを握っています。これからの展開に注目していきたい分野です。



 

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<著者>

文/カワハタユウタロウ


フリーライター。大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、Eコマース・通販関連業界紙の編集部に約7年間所属。その後、新聞社系エンタメニュースサイトの編集部で記者として活動。2017年からフリーランスのライターとして、エンタメ、飲食、企業ブランディングなどの分野で活動中。