「令和5年退職金、年金及び定年制事情調査」(中央労働委員会)によると、令和4年度の定年退職者への平均退職金支給額は約1,878万円でした。退職金はまとまった金額が手元に入るタイミングですが、使い道を誤った結果、老後破産の危機に陥るケースも少なくありません。定年から1年後に“やらかしてしまった”元公務員Aさんの事例をもとに、詳しくみていきましょう。牧野FP事務所の牧野寿和CFPが解説します。
お父さんの年代がいちばん厄介なんだから…退職金2,500万円の61歳元公務員、年金受給前に欲をかいて大恥。頭によぎった元銀行員の娘の“ある忠告”【CFPの助言】
退職金は狙われている
投資信託協会「2021年度60歳代以上の投資信託等に関するアンケート調査」によると、退職金の使い道は「預貯金(59.3%)」が最も高く、以下「日常生活費への充当(25.3%)」「旅行等の趣味(21.7%)」「住宅ローンの返済(20.8%)」と続き、「資産運用のための金融商品の購入(20.3%)」は、5人に1人となっています。
退職金で購入した(する予定の)金融商品は「株式(59.5%)」がもっとも多く、僅差で「投資信託(57.8%)」、「外貨建て商品(19.5%)」と続きます。
また、初めて投資をしたきっかけは、Aさんのように「金融機関から勧められた(男性13.6%女性25.7%)」や「退職金をもらった(男性12.6%女性5.1%)」となっています。
退職後のライフプランを再検討
A夫妻の今後の生活を検証するため、憔悴しきったAさんにライフプランを聞くと、しばらくはゆっくりしてから、また勤めるか起業するかして、70歳までは収入を得たいということでした。
当面のAさんの収入を考えると、65歳まで約4年間は無収入で、65歳からは老齢厚生年金を月約23万円、66歳からは夫婦で月約26万円、67歳からは月約28万円の受給が見込めます。
また、妻のBさんは、65歳までは今のパートを続けるとのこと。
投資した約1,000万円を除いた現在の貯蓄は、退職前の貯蓄や退職金を含めて約2,000万円です。万が一、投資した額が全額損失して、またAさんが65歳まで職に就かずに貯蓄の取崩しやBさんのパート収入、65歳からは年金収入に頼りきりで生活しても、今後の生計は維持できるでしょう。
しかし、このまま職に就くことなく投資を続けるのは危険です。
老後世代の投資は「余剰資金」で
Aさんは、投資して100万円損していると嘆きます。しかし、株価や投信信託の基準価格は、市場の動向によって上下します。損したと思った100万円が、今後投資した額より200万円以上、上昇するかもしれません。このブレのことを「リスク」といいます。投資をするには、このリスクをどう考えるかが大切です。
老後世代に投資する資金は、相場の動向に一喜一憂することなく、すぐに使う予定もない、子どもに相続してもいい余剰資金で、リスクを楽しむ余裕が必要です。このように考えると、Aさんが投資できるのは、ちょうど今までに投資した約1,000万円まででしょう。
退職金を「生前贈与」したAさん
筆者の話を聞き、落ち着きを取り戻したAさんは、無収入の間、投資は最小限にとどめ、NISAの「つみたて投資枠」を、毎月1万円に減額して継続し、「成長投資枠」の来年以降の投資はやめることにしました。
また、Cさん夫婦や近く誕生する孫のために、現在保有している株式は、相続税精算課税制度を使い、Cさんに生前贈与することとしました。
Aさんは、「退職後、金融商品に目的もなく投資を始めて、株価が下がったときに慌ててしまったけど、投資に興味は出てきたので、NISAのつみたて投資枠で投資は続けて、孫の小遣いくらいになればと思っています。それに、娘に生前贈与ができるいい機会になりました。あと相続できるのは、自宅の土地建物だけだとも言ってあります」と、笑っていました。
Aさんのように、退職後に老後の過ごし方を考える人がいる一方、退職後に再就職や起業をする人、趣味に生きがいを見つける人もいます。
しかし、目的もなく始める投資や生活費のためにと、退職金を含めた貯蓄を無計画に減らしては、高年齢になってから身を滅ぼしかねないため、くれぐれも注意しましょう。
牧野 寿和
牧野FP事務所合同会社
代表社員