年間20枚のレコードを制作…まだまだあるアシュケナージ氏の“逸話”

話は逸れるが、私がヨーロッパにいたときリハーサルを見学したことのあるジュゼッペ・パターネ、セルジュ・チェリビダッケ、カルロス・クライバーといった指揮者は凄かった。もう言っていることが神次元。

彼らは「作曲家がこの楽譜に込めたであろう、しかし実際の楽譜には書かれていないこと」を話す。

そうした「作曲家と向き合うことを知っている指揮者」という意味では、アシュケナージも同様だ。彼はピアノの世界的名手だから、根底では完全にできている。だからスコアを見てピアノを弾き始めると物凄い音楽が生まれる。ウィーンでリハーサルを見学したときも、彼がピアノを弾くと、楽員たちはその音楽の真意を即座に理解した。

アシュケナージは、そうした楽譜から滲み出る何かを感じ取る能力が素晴らしく、情報量も豊富だった。

何しろ彼は、ラフマニノフのピアノ協奏曲全4曲と「パガニーニの主題による狂詩曲」を2日で録音してしまうし、1年間に20枚のレコードを制作することができるピアニストだった。

「一体どういうことだ? どんなレパートリーの持ち方をしたらそんなことができるのだろうか?」と思う。だが本人から聞いた話によると、「学生時代は1日に2時間しかピアノが弾けなかった」という。

母国であるソヴィエト連邦の方針で、ピアノを弾く時間が2時間しか与えてもらえない。それ以外の時間は「ひたすら楽譜を見て、その中から重要なエッセンスを探していたし、それが面白かった」と語っていた。

詰まるところアシュケナージは、ピアニストや指揮者という以前に「音楽家」なのだと思う。そこを見ればとても尊敬できる人なのだ。それに人間性が素晴らしい。とにかくいい人。

しかも彼は「N響は素晴らしい」とずっと言い続けていた。N響の後にオーストラリアのシドニー交響楽団の首席指揮者(2009〜13年)に就任したとき、最初に楽員に向かって、「私はこの前までN響という素晴らしいオーケストラを指揮していた」と話して皆を啞然とさせたという。彼はそのくらいN響を愛してくれていた。
 

篠崎 史紀
NHK交響楽団特別コンサートマスター/九州交響楽団ミュージックアドバイザー