義母の認知症が8年前に始まり、義父も5年前に脳梗塞で倒れた……。仕事と家事を抱えながら、義父母のケアに奔走する日々が始まった翻訳家・エッセイストとして知られる村井理子さんのエッセイ『義父母の介護』(新潮社)より、義父母の介護に奔走する奮闘記をお届けします。
「高校生は24時間ハンバーガーを食べる生き物なんですよ!」と叫びたくなった瞬間…義父母の介護に奔走するエッセイストが思った「介護を受けるのが上手な人」と「介護を受けるのが下手な人」の違い
陰キャの義父と陽キャの義母
さて、そんな陰キャな義父と陽キャな義母を連れて、先日、月一度の受診に行ってきた。以前は三か月に一度の通院でよかったものの、この三年間義母を診察してくれている医師が、義母の様子を観察し、一か月おきにすることを決めた。つまり、進行してきているのだ。
私と夫で、順番に連れて行くことにしている。車でたかだか一時間の距離の病院だが、二人の後期高齢者を連れて受診することの大変さは筆舌に尽くしがたい。後部座席で琵琶湖を眺めて、「なんて美しい海なのかしら。ここはどこ?」と言っている義母はかわいいものだ。
義父は車に乗った瞬間から、泣きそうな声で「こんなことをさせて、すまんなぁぁ……」と言いはじめる。何度も言う。「こんな目に遭わせて、つらい……こんなことならいっそ……」「病院に行ったからって、何が変わるでもない……」「こんな苦労ばかりさせてしもうて……」もう、本当に急ブレーキをかけて車から放り出したいぐらいに腹が立つのだ。反応するのも腹が立つ。堂々としていればいいじゃないか!
ありがとう、今月も迷惑かけたが、本当に助かるよ。なぜそう言えないのだ。どんどん怒りが募り、若干運転が乱暴になってきた時だった。次男からLINE通話が入った。ハンズフリーにしていたのですぐに応答した。
「あ、母さん? 俺やけど、帰りにマクドでダブチ(ダブルチーズバーガー)買ってきてくれへん? もしトリチ(トリプルチーズバーガー)があったらそっちでええわ。三個……いや、四個で頼む!」了解と応答してそそくさと通話を切ったのだが、聞きつけた義父が(こんな時はよく聞こえるのだ)、またもや泣きそうな声で「今のは誰や」と聞いた。「ああ、次男ですよ」と答えると今度は、「あああ、可哀想に……」と言った。何が可哀想なのか、まったく理解できない。
「何が可哀想なんですか。ハンバーガー買ってきてってだけじゃないですか」「食べるものがないんやろ……わしらがこうやって迷惑をかけているから……」ムキーッ、イライラするう! 高校生は二十四時間ハンバーガーを食べる生き物なんですよ。いつでも食べるんだよ、やつらは! イライラする私にまったく気づかず、義父は追い打ちをかけるように言い出した。
「このまま真っ直ぐ家に戻ってくれ。あの子が可哀想や。お昼ご飯がないんやから、待たせるわけにはいかん、いますぐハンバーガーを買いに行ってくれ……」この発言にはさすがの義母も「はぁ?」と言っていた。私は二人を病院に連れて行くために仕事を休んでわざわざこんなに遠いところまで車を飛ばして来ているというのに、息子がダブルチーズバーガーを買ってきてと言ったぐらいで、なぜ病院からマクドナルドに行き先を変える必要が!?
堪忍袋の緒が切れて「病院には行く!」と大声を出してアクセルを踏み込んだ私の勢いに圧倒されたのか、車内は静かになった。おんぼろ車のエアコンから出るピューピューという音だけが響いていた。帰り道は運転手の私が完全無言となった車内で、義母が「今日のヘルパーさんは恐いわねえ……」と小声で言っていた。そのヘルパーさんは私や。
夜に義母から電話があり、「今日のヘルパーさんは乱暴な人でした。あなたに報告しようと思って」と、まだ言っていた。「お父さんも、『あれだけきつかったら周りもタジタジやろ』と言ってました」ということだった。ええ根性しとる。
村井理子
翻訳家/エッセイスト