「結婚して所帯を持ったらマイホームを持つことは当たり前」「家こそ幸せの象徴」…かつては多くの人がこのように考えていたものです。しかし、やっとの思いで手に入れた家が原因で老後に苦しむケースもあるようです。今回はまさしくそんな状況に陥った65歳年金暮らしの男性の事例を、小川洋平FPが解説します。
念願の一戸建てを購入し「これで俺も一人前」と幸せを噛みしめたが…25年後、年金生活に突入した65歳・元会社員に市営住宅への転居を決断させた「厳しい現実」
想像上にかかる修繕費に苦慮。渡辺さんが下した決断は…
渡辺さんは厳しい家計の中でもなんとか頑張ってローンを返済し続けていたものの、ローンはあと10年残っています。一方で、マイホームは25年も経つと老朽化が目立つようになりました。屋根や外壁の塗装も色あせてしまい、所々に錆(さび)が見えるようになってきていました。
渡辺さんが地元の工務店に見積もりを依頼すると、屋根と外壁を合計して400万円程度が必要とのこと。それまでにもバスルームやトイレなどの水回りやキッチン、給湯機も交換やメンテナンスが必要になり、総額で200万円程度掛かっていました。今の年金は妻の分と合わせて月額で21万円程度、アルバイトで生活している状態で、ここにきて400万円も支出が必要になるという状況になったのです。
「貯蓄も少ないのに、この状況で400万円も必要なのか……」
この事実を目の当たりにして、いよいよ渡辺さんはこれまで何とか避けようとしていたことを考えなければならなくなりました。つまり、マイホームを手放すということです。子どもたち2人が巣立った今では部屋も余り、広い家を維持すべき理由もありません。
渡辺さんは妻とも相談してあれこれ考えた結果、隣町にある市営住宅への入居を検討することにしました。家賃が安いことはもちろんですが、ある程度土地勘がある場所だということもポイントでした。
住み慣れた広いマイホームから市営住宅への引っ越しには当然大きな抵抗がありました。みんな当たり前に家を買って終の棲家にしているのに、人並みの幸せも叶わなかった。そんな風に気持ちも大きく落ち込んだといいます。
しかし、「お金がない」という現実が消えてなくなることもありません。渡辺さんは修繕費を払いながらあと10年もローンを払い続けることは不可能と考え、妻と相談し、マイホームを手離すという苦渋の決断をしたのでした。幸いにもマイホームはすぐに売却することができ、残りのローンも完済することができました。
こうして当初は不安を抱えながら市営住宅に入居した渡辺さん夫妻でしたが、コミュニティスペースや共用設備が充実していて、環境は思いのほか快適。同世代のシニアも多く住んでいるため、すぐに打ち解けることができました。部屋は狭いものの夫婦二人で暮らすには十分なスペースがあり、家賃が安いだけでなく光熱費も抑えることができ、夫婦二人の年金だけでも生活費は十分に賄うことができます。
それどころか、住宅にかかる費用がぐっと減ったことで、アルバイトで稼いだお金で夫婦で旅行に出かけたり、外食にお金を使ったりすることができるようになりました。結果として、市営住宅での生活は意外にも快適で、マイホームを手離して良かったと考えるようになったのでした。
「家を買ってそこに住むことが幸せだと思っていました。でも、実際に引っ越してみたら持ち家じゃなくても十分幸せです。今はローンという名の借金もなくなり、経済的にも精神的にも余裕ができました。思い切って売ることを決断してよかったと心から思っています」