家族や友人との会話のなかで、前に聞いたことと同じ話題を、相手が話すシーンに遭遇することも多いのではないでしょうか。また、逆に自分が同じ話題を繰り返ししてしまったと気づいて、気恥ずかしい気分になることもあるかもしれません。エッセイストである阿川佐和子氏の著書『話す力 心をつかむ44のヒント』(文藝春秋)より、今回は、同じ話を繰り返しすることの「意外なメリット」について、詳しくみていきましょう。
竹野内豊さんとの「雑談」にも“使い回し”
私はこのエピソードをあちこちで披露して、たくさんの人を驚かせ、何度となく楽しませることができました。
その最たるものは、私がちょこっと出演した映画『ニシノユキヒコの恋と冒険』(井口奈己監督・脚本、2014年公開)のワンシーンでのことです。
主演の竹野内豊さんと、なぜか私は喫茶店にて雑談をしなければならなくなりました。お茶を注文するタイミングや台詞はいちおう決められていましたが、雑談の内容についてはまったく脚本に書かれていません。
井口監督からは、「映画について好きなようにお喋りしてください」という指示でした。困ったぞ。目の前にイケメン竹野内君がいるだけで、どうしていいかわからないのに、何を話せばいいんじゃ?
そのときふと、和田さんの話を思い出したのです。
「『カサブランカ』って映画、ご存じですか?」
「ええ、知ってます」
「主演男優はハンフリー・ボガート。女優はええと、あ、イングリッド・バーグマン」
「そうでしたね」
「でも実はこの映画で最初にキャスティングされた男優はハンフリー・ボガートではなかったんですって」
「へえ、知らなかった」
「じゃ、誰だったと思います?」
「うううう。わかんないなあ」
「世界的には有名人だけど、役者としてはそんなに有名じゃない人なの」
そんな具合に私は、まるで友だちに語るがごとく得々とそのエピソードを竹野内さん相手にしたところ、
「はい、カット! このシーン、終了!」
え、これ、リハーサルじゃなかったの? と思っているうちに、そのシーンは緊張する暇もなく終わりました。和田さんのおかげです。
阿川 佐和子
作家