和田誠さんの映画オモシロ話

そういう意味で私がもっともたくさん使い回ししているのは、和田誠さんから伺ったお話でしょう。

和田さんはとにかく面白い話題に欠かない方でした。ご本業はイラストレーターでグラフィックデザイナーであり、そして「麻雀放浪記」など数多くの名作を残された映画監督でもありましたが、本質的に映画と映画音楽とミュージカルとジャズが大好きな方でした。

一緒にご飯を食べているとき、ふと「ほら、マリリン・モンローが端役で出てた女優物語、なんてタイトルでしたっけ? ああ、出てこない」なんて誰かが呟くと、間髪を容れず

「『イヴの総すべて』ね。1951年に日本で公開されたの。主役はベティ・デイヴィスで、物語の最後のほうで新人女優としてチラッと登場するのがマリリン・モンローなんだよね。監督のマンキー・ウィッツって人はこの映画と前年の『三人の妻への手紙』で、2年連続でアカデミー賞を獲ったんだ。あれはいい映画でしたね」

と、そんな具合で返ってくる。まるで歩く映画辞典のような方でした。

たぶん映画辞典にもそんなことは書いていないだろうということまでご存じで、今でも忘れられないオモシロエピソードとしては、こんなものがありました。

映画『カサブランカ』(マイケル・カーティス監督、1946年公開)は、主演女優はイングリッド・バーグマン、男優がハンフリー・ボガート。映画の中でドーリー・ウィルソンが歌う「時の過ぎゆくままに」も世界中で大ヒットして、ジャズのスタンダード・ナンバーにもなった名曲として知られています。

主演男優にキャスティングされたハンフリー・ボガートは、実のところ絶世の甘いマスクの美男子ではない。それまでは鳴かず飛ばずの役者だったのですが、この映画で認められ、彼の出世作となりました。ただ、ハンフリー・ボガートがキャスティングされる前に、実は他の男優が候補として上がっていたということです。さて、それは誰だったでしょう。

「えー、誰だろう……?」

和田さんのまわりに集まった仲間はそれぞれに頭を巡らせますが、それらしき名前が出てきません。その間を待ったのち、和田さんがニヤリと笑みを見せ、そして語り出します。

「それは、たぶん世界中の人が知っているほどの有名人。でも役者としては有名ではない」

ますます、わからない。いったい誰?

和田さんがおもむろに口を開きます。

「それはね、レーガン大統領」

えええ? たしかにレーガン大統領が昔、役者だったという話は聞いたことがありました。でもダイコン役者という噂では?

「いや、案外、いい役者だったみたいだよ。『カサブランカ』に抜擢されたぐらいなんだから」