※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。
最適なロボットのデザインとは
ロボットと聞いて、どのようなスタイルのロボットを思い浮かべるでしょうか。SF映画やコミックスに登場するロボットの多くは、人間の形状をした人型ロボット「ヒューマノイド」です。
現実社会ではロボットの多くは工場や倉庫などで使用されてきました。腕の形状をしていて、人間が手作業で行っていた仕事を代替する「ロボットアーム」や「マニュピレーター」が主です。工場では部品を組み立てたり、塗装や溶接したり、繰り返し長時間、正確に作業し続けることができます。機種によってはコンピュータの半導体や基板の作成など、細かい作業の正確性や高速性が高いものもあります。
ある作業に限って能力を発揮するようにデザインされたロボットを「特化型」といいます。工場において、人間の手作業を代替するために最適なデザインのひとつがロボットアームなのです。
家庭ではルンバなどの掃除ロボットがお馴染みですが、車輪を使って移動し、床掃除をするために最適なデザインをしています。逆に言えば、テーブルの上や手すり、窓を拭くといった「床掃除以外」の清掃はできません。特化型では、窓拭きや洗濯、食器洗いなど、それぞれ清掃作業に合わせて最適なデザインとスタイルをしたロボットを使おう、ということになります。
一方で、人間はいろいろなことができます。掃除をしたり、窓を拭いたり、ホウキやチリトリ、窓拭きタオルなど、それぞれの道具は人間が使いやすいように工夫され、デザインも進化させてきました。いろいろな作業に対応できることを「汎用型」といいます。もしもロボットに対して、高い汎用性を望むならば人型のデザインが最適です。人間用にデザインされた住居をどこでも行き来し、人間用にデザインされた箱や棚、道具を使うのにはヒューマノイドの形状が最も適しているからです。
これからの社会においては、特化型と汎用型のどちらが優れているかではなく、両方のロボットがケースバイケースで望まれていきます。しかし、これまでは汎用性が高い人間の代替になって動けるような身体能力をロボットに期待するのは無理があると考えるのが実状でした。
バク宙やパルクールができる驚異のヒューマノイド「アトラス」
これまで身体的能力が最も高いヒューマノイドと言えば、米国ボストン・ダイナミクス社の「アトラス」が知られていました。アトラスは2016年頃から注目を集め始め、雪の上を、足を滑らせながらもバランスを上手にとって歩き続ける動画がYouTubeで公開されました。その後も不整地を走って丸太を飛び越えるなど、優れた身体能力を披露する動画を公開し人々を驚かせてきました。これらはAIと機械学習の進化によって実現できたものです。また、重たい体重を支え、更には宙返りし、大きな段差もジャンプして登る軽快さは「油圧式」モーターの強力なパワーによって生み出されました。
一方で油圧式モーターは使用環境によって粘度を調整するなど取扱いが難しく、油漏れやそれによる火災などのリスクがあります。アトラスのポテンシャルが優れているとは言っても、工場や倉庫など実用性が重視される現場で、安定して持続的に長時間、動作するには適していませんでした。
ボストン・ダイナミクス社は2013年に米グーグルに、2017年にソフトバンクグループに、2020年に韓国の現代(ヒョンデ)自動車グループへと、次々に買収されましたが、どこもアトラスを商用化することはできませんでした。
そしてついに、2024年ボストン・ダイナミクス社は油圧式のアトラスとお別れする動画を公開。ところが、その直後に電動モーターを採用した「新しいアトラス」を動画で発表したのです。新型アトラスは動画の中で人間にはできない動き(関節の可動域)で一種異様な雰囲気でしたが、今後、電動式アトラスは実用性と社会運用を目指して開発を進めることを公言。これは、身体能力の高いヒューマノイドが他社からも次々と登場し始めたことを受けて、急速に社会に進出していく予感を同社が察知したからでしょう。