チャーチルという政治指導者の「凄み」

標題は『第二次世界大戦』なのだが、現代の古典というべきこの書の真髄は、大戦の足音が近づく数年の叙述にある。イギリスとフランスは、敗戦国ドイツがベルサイユ講和体制の軛(くびき)を脱して、再び軍事強国として復活しつつある現実を眼前にしながら為す術がなかった。

いたずらに国際連盟の集団安全保障にすがり、新たな悲劇を招き寄せていった。フランスにクレマンソーなく、イギリスも政争に明け暮れ、欧州の異変に関心を払おうとしなかったと指弾している。

チャーチルという政治指導者の凄みは、宰相として戦争指導にあたった日々にあっただけではない。野に在って祖国の外交を見守っていた日々にこそある。ヒトラーが国際条約を蹂躙して非武装地帯のラインラントに侵攻した時、英仏の政府は毅然としてこの暴挙に臨まなかった。

「イギリスは、英仏両政府が共同で対処するにしても、熟慮を重ねた上で行動するためしばし情勢を見守るべきだとフランスに忠告した。嗚呼、退却のために敷かれたベルベットのカーペットよ!」

ここには力の行使をめぐるチャーチルの深い洞察が籠められている。当時のヒトラーのドイツは、いまだ軍備が十分ではなく、英仏が軍事介入を辞さない姿勢を見せれば退却せざるをえなかった。伝家の宝刀を抜く意思を示せなかったことが、悲惨な大戦への道を用意してしまった。チェコのズデーテン分割を認めたミュンヘン会議の宥和に先だって、ラインラント進駐を黙認したこの瞬間こそ勝負の岐かれ目だったと断じている。チャーチルの炯眼だろう。

尖閣諸島をめぐる日本の対応を考える上でこの書には貴重な教訓が含まれている──凡庸を極めたそんな解説は、チャーチル卿に礼を欠くことになろう。新興の大国が力を背景とした外交姿勢をとる時、凜として行動しなければ相手に誤ったシグナルを送ってしまう──そこには普遍的な歴史の教訓が脈打っている。

「野に下った者は、現実の政策を実施しなければならない当局者に較べて、より豊かな想像力を働かせることができ、それゆえ優位に立っている」

第二次大戦の終結を待たずに選挙で宰相の座を追われたチャーチルは、野に在って、独仏連携を基礎としたヨーロッパ合衆国の構想を提唱した。今日のEUの隆盛を見れば、その先見性が抜きんでていたことがわかるだろう。平和な時にあって戦いに備え、野に在って国際社会の針路を指し示した畢生の書だと思う。

文藝春秋・編