場の空気に合わせて発言のタイミングや内容を考えることは、コミュニケーションで重視されるポイントです。作家の阿川 佐和子氏は、空気の読めない「KY」だったを自身について語っています。阿川氏の著書『話す力 心をつかむ44のヒント』(文藝春秋)より、空気を読むこととコミュニケーション能力について、詳しくみていきましょう。
「それは、言ってはいけない!」と𠮟られる
かつて、テレビ局のお偉い方々と、大スポンサーである会社のお偉い方々との食事会に、なぜか私が同席しました。大スポンサーである会社のトップの方が口数は少ないながらたいそう気さくな方だったので、最初は緊張していたのですが、ワインとおいしい食事が進むうちに、和んだ気持になってきました。そんな折、大スポンサーであるその偉い方が発言なさったのです。
「あの番組に出資しているけど、どうも費用対効果があまり芳しくないんですねえ」
決してきつい言い方ではありませんでした。とぼけた様子でさりげなくおっしゃったのです。そこで私はつい、
「社長! いまどきテレビに費用対効果を求めても無駄ですよ」
私の本意としては、視聴率獲得に躍起になって商品が売れることばかりをテレビに求める時代は終わった。それよりスポンサーはテレビ番組自体をもっと面白く、番組制作をしている人たちが楽しいと思って働ける現場を作ることを考えて出資していただきたい。生意気ながらそんな気持も込めて、つい言っちゃった。たちまち、その場の空気が凍りました。テレビ局のお偉いさん二人がジロリと私を振り返り、
「それは、言ってはいけない!」
厳しい口調で制されたのです。しかも、そのあと2回も、「それは、言ってはいけない!」「それは言ってはいけない!」と繰り返されたのです。
あ、クビだな。今、この瞬間に私は干された! そう思いました。
こういうのをKYと呼びます。
幸い、なぜか番組を干されることにはなりませんでしたが、まことに心の底から反省しました。そして少し無口になりました、しばらくの間だけ。
でも、と、また言い訳がましいのですけれど、このような、明らかに上下関係がはっきりしている食事会、ないし会合、ないし会議などの席では、どうしても下の人間は寡か黙もくになり、上の人間ないしスター的存在、ないし声の大きな人の独壇場になりがちです。くだんの会食でのスポンサーの社長はむしろ寡黙な方だったので、一人で喋りまくっていらしたわけではありませんが、それでもまわりにいる同席者は、誰もがトップの動向をなにより気にして会話を進めているという空気をひしひしと感じ取りました。
どうも私は、そういう暗黙の上下関係を過度に忖度する場にいることが苦手、というか下手なので、つい空気を変えたい衝動に駆られてしまうのです。でも、犯した罪は、罪ですからね。
その節は大変に不用意な発言をして失礼いたしました。この場をお借りしてお詫びいたします。テレビ局の当時の社長様、会長様!
阿川 佐和子
作家