人にはそれぞれ「話すリズム」がある

人にはそれぞれのリズムというものがあります。私のような喋り好きの人間にとっては長い沈黙に感じる時間でも、相手にしてみれば、心地よい「間」となっていることがあるのです。相手が自分に対して敵意を抱いているというならいざ知らず、とりあえず友好的な関係であると双方了解している以上、ときの流れに身を任せ、特段に話すことが思いつかない場合は、しばらく外の景色でも楽しんでいればいいのです。

こんなことを言うと、「話す力」の本と称して身も蓋もないように思われるかもしれませんけれど、黙っていても問題のないときがあります。

相手も、「どんな話をしようかなあ」と探っている最中かもしれません。話題を探るのに時間がかかる人もいます。あるいは少し黙っていたいという気分かもしれません。眠くて眠くてしかたがない場合もあるでしょう。必ずしもポンポン言葉が途切れることなくスピーディに行ったり来たりしなければいけない、なんてことはないのです。自分のリズムを押しつけるより、相手のリズムを察するというのも、会話のうちと考えてみてください。積極的に社交しなければいけないという義務感を放棄してもいいときがあるはずです。そのうちに、

「あ、富士山だ!」

窓から外を見て、どちらからともなく、自然に言葉が出てくることがあります。

「ホントだ。きれいですねえ」

富士山の美しさに共感したことをきっかけにして、自然に話が広がるかもしれません。

「富士山って、登ったこと、ありますか?」

なんとなく思いついた質問をしてみたら、意外にも、

「はい。実は10回、登ったことがあるんです」

「そんなにぃ⁉」

そこからは、しめたもの。いくらでも質問が浮かんできます。

10回も? どうして登るようになったんですか? 頂上まで行ったらどんな感じですか? 一人で? 富士山って簡単に登れると思ったらいけないんですよね。どれぐらいの装備で行くものなんですか?

登ったことのない私はどんどん疑問が湧いてきます。

そんなタイミングも見つからず、こちらも話題を探すのに疲れたら、奥の手があります。

「どうぞ私にお気遣いなく。お休みになってください。私もちょっと寝ますね」ってね。車で移動中、あるいは列車で隣り合わせになったときなど、話題に困ったら、このひと言をオススメします。



阿川 佐和子
作家