苦難の末に出会った「最良の夫」

女性が独力で生きるには、食住が提供される女中奉公か工場の寮に入るしかない。それも年齢が高くなると色々と難しくなってくる。つまり、男性の庇護(ひご)がなくては、まともな暮らしができないということ。だから女性たちは婚期を逃すことを恐れた。

年頃の娘をかかえた両親や親族もまた、血眼になって良縁を探し求める。家計に余裕があれば娘を女学校に通わせる。それが結婚に有利だから。女学校の教育目標は良妻賢母を育てることにあり、授業も料理や裁縫などがやたらと多い。

高等教育機関である専門学校や大学への進学は、卒業後の進路として想定していない。在学中に縁談がまとまり、中途退学する娘も多かったという。

女学校を卒業すれば婿を取らせる。それはノブを養女に迎えた時から決めていたことだ。貞雄との結婚も養父母が決めたもので、彼女に拒否権はない。が、結果的にはそれが正解だった。

夫となった貞雄はエリートであることを鼻にかけることがなく、物腰の柔らかい好人物だった。高等学校からずっと東京での都会暮らしをしていたこともあり、服装はもちろん考え方も洗練されている。男尊女卑をあたり前のように考える田舎の男たちとは違う。何をするにもノブとよく話し合い、彼女の意見を無視するようなことはしなかった。

最良の夫と巡りあえたのは運だけではない。幼い頃から女中のようにこき使われ、女学生になってからも友達と遊ぶ暇も与えられず家事をこなしてきた。これも花嫁修業と思えば、他の娘たちに負けない厳しい修業に明け暮れてきたということになる。

それは誰にも負けないという自負があった。

貞雄という最良の夫と結婚することができたのは、長年の努力が身を結んだ結果。この成功体験は、やがて生まれてくる自分の娘にも伝えてゆきたいと思うようになる。良妻賢母のスキルを磨いて良縁を得れば、幸福な未来が待っている、と。

青山 誠

作家