「ウイルスの遺伝子に突然変異が起こって、新たな変異株が出現!」…ニュースでしばしば耳にするこの表現。皆さんはどれくらい理解しているでしょうか? 本稿では、伊藤和修氏の著書『大人の教養 面白いほどわかる生物』(KADOKAWA)より一部を抜粋し、「突然変異」について解説します。現在の高校生物の教科書に準拠した内容ですので、教養にしては少々詳しすぎる部分もあります。しかし、受験対策をするわけではないので、「これも覚えなきゃ!」というプレッシャーはありません。ややこしいと感じる部分は、サラっと読み飛ばしてしまってOKです。
<前回記事>
【大人の教養】答えられますか?卵の白身が「加熱すると白くなる」ワケ
突然変異とは、「DNAの複製ミス」がもたらす“形質変化”
DNAの塩基配列や染色体の構造、本数が変化する現象を突然変異(とつぜんへんい)といいます。塩基配列が変化する突然変異としては、次のようなものがあります。
①置換(ちかん):ある塩基が他の塩基に置き換わる。
②欠失(けっしつ):ある塩基が失われる。
③挿入(そうにゅう):新たに塩基が入り込む。
置換が起きてコドンが変化しても同じアミノ酸を指定する場合がありますよね。この場合、合成されるポリペプチドに変化はなく、このような置換は同義置換(どうぎちかん)といいます。
また、変化したコドンが異なるアミノ酸を指定する場合や、終止コドンが生じてしまって翻訳が置換の起きた場所で終了してしまう場合もあります。このようなポリペプチドに変化が起きる置換は非同義置換(ひどうぎちかん)といいます。
欠失や挿入が起きると、突然変異の起こった場所以降のコドンの読み枠がずれてしまうフレームシフトが起きます。この場合、突然変異が起きた場所以降のアミノ酸配列が大きく変化してしまい、合成されるタンパク質の機能が大きく変化してしまいます。
図表1に、アミノ酸配列を指定している領域に起きた突然変異を紹介しました。プロモーターや転写を調節する領域、スプライシングにかかわる部位に突然変異が起きる場合もあります!
突然変異の例:鎌状赤血球貧血症(鎌状赤血球症)
~「貧血を起こすが、マラリアにかかりにくくなる」突然変異
塩基の置換が原因で形質が変化する例として、鎌状赤血球貧血症(かまじょうせっけっきゅうひんけつしょう)があります。ヘモグロビンを構成するβ鎖(ベータさ)というポリペプチドの遺伝子に塩基の置換が起こり、6番目のアミノ酸がグルタミン酸からバリンに置換しています(図表2)。このようなβ鎖を含んだヘモグロビンをもつ赤血球は、酸素濃度の低い条件で鎌状に変形します。すると、毛細血管に詰まったり、赤血球が壊れたりしやすくなり、貧血になってしまいます。
すばらしいですね♪ 鎌状赤血球貧血症の遺伝子のホモ接合体のヒトは、重い貧血症を起こすため亡くなってしまうことが多いのですが、正常遺伝子とのヘテロ接合体のヒトの場合は貧血の程度がそんなに重くはないんです。そして、この鎌状赤血球貧血症の遺伝子をもっているヒトはマラリアにかかりにくいんです!
だから、マラリアが流行している地域では、鎌状赤血球貧血症の遺伝子をもつことが必ずしも不利とはいえないんですよ。
具体的にいうと、マラリアが流行している地域では…、正常遺伝子のホモ接合体のヒトはマラリアで、鎌状赤血球貧血症の遺伝子のホモ接合体のヒトは貧血で亡くなってしまう場合があるので、ヘテロ接合体が最も有利になることもあるんです。
一塩基多型(SNP)
~「病気へのかかりやすさ」や「薬の効きやすさ」などと関係があるものも!?
同義置換などが起きても生存などに不利にならないので、進化の過程で偶然、子孫に伝わる場合があります。その結果、同じ生物であっても異なる塩基配列の遺伝子をもつ個体が多数存在します。
ヒトについても例外ではなく、他人のゲノムと比較した場合に0.1%程度は塩基配列が異なるんだそうです! たとえば…、「遺伝子のある塩基について、多くのヒトではTだけれど一部のヒトではCになっている」なんていうことがあります。このような1塩基の違いを一塩基多型(いちえんきたけい/SNP〔スニップ〕)といいます。
ヒトゲノム中には数千万ものSNPがあることがわかっています! その多くは形質に影響しないものですが、鎌状赤血球貧血症やフェニルケトン尿症(にょうしょう)のように形質に直接影響するものもあります。
また、どのような影響があるのか不明なSNPも多くあります。そのなかには「病気へのかかりやすさ」「薬の効きやすさ」などと関係があるものもあると考えられており、研究が進められています。
将来的にはSNPを調べることで、適切な薬や投与量を決めたり、病気の発症リスクを減らすような生活をしたりするなど個人に合わせた医療、つまりオーダーメイド医療(個別化医療)ができるようになると期待されています。
なお、多型には1塩基の違いだけではなく、くり返し配列のくり返す回数の違いのような多型もあります。そのようなものは、単に多型またはDNA多型といいます。
伊藤 和修(いとう・ひとむ)
駿台予備学校 生物科専任講師
京都大学農学部卒(専門は植物遺伝学)。派手な服を身にまとい、ノリノリで行われる授業では、“「わかりやすさ」と「おもしろさ」の両立”をモットーに、体系的な板書と丁寧な説明に加え、小道具(ときに大道具)を用いて視覚的なインパクトも追求。
著書は『大学入学共通テスト 生物の点数が面白いほどとれる本』『大学入学共通テスト 生物基礎の点数が面白いほどとれる本』『大学入試 ゼロからはじめる 生物計算問題の解き方』『直前30日で9割とれる 伊藤和修の 共通テスト生物基礎』(以上、KADOKAWA)、『生物の良問問題集[生物基礎・生物] 新装版』(旺文社)など多数。