“モボ・モガ”が歩いた街・大森に佇む、「貴族の別荘」

■大森│珈琲亭「ルアン」

撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

昭和46年、大森で一番の繁華街にオープン

大森にある日本初のフラワーデザイン学校「マミフラワーデザインスクール」で年に数回、講師を務めるようになって随分と経つ。

大森は大正末期から昭和初期にかけて、尾﨑士郎、宇野千代、村岡花子といった多くの文士や芸術家が暮らし、「馬込文士村」と呼ばれた文化的なまち。講座が終わると、100年前にモダンガール・モダンボーイが闊歩した一帯を散策して帰るのを楽しみにしている。

ひとしきり歩いたあとは、大森駅東口側の喫茶店「珈琲亭ルアン」でひと休みして帰るのが定番のコース。昭和46年の開店当時、店の前には映画館が4館もあって、大森で一番の繁華街だったそうだ。

バラの花を生クリームで再現した「コーヒー・ゼリー」は、シロップが別添えなのであまみの調整ができる。600円。 撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋
バラの花を生クリームで再現した「コーヒー・ゼリー」は、シロップが別添えなのであまみの調整ができる。600円。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

店名「ルアン」は、フランス北部の都市名から

ルアンの先代はもともと板橋で和菓子職人をしていたという。引っ越す予定ができて物件を探す中、ひょんなことから大森の繁華街に喫茶店の居抜き物件を見つけて一念発起。コーヒー教室に通ったり、喫茶店業務の経験があるスタッフからも惜しみなく学びつつ、コーヒー専門店を始めることになった。

フランス北部の都市名である「ルアン」という店名は、以前の店主がつけたものをそのまま受け継いだ。現在は2階建ての建物全体を店舗として使用しているけれど、創業当時、1階の一角は立ち食いうどん店で、2階には麻雀店やマスター家族の住まいがあり、今より雑多な雰囲気だったそう。

そうして少しずつ店舗を拡張し、ヨーロッパの貴族の別荘を思わせる、華やかだけれど落ち着きのある内装が仕上がった。

1階の客席は、鉄製の照明やレリーフが配された重厚な雰囲気。たばこの煙でいぶされた壁紙が歴史をしのばせる。 撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋
1階の客席は、鉄製の照明やレリーフが配された重厚な雰囲気。たばこの煙でいぶされた壁紙が歴史をしのばせる。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

各所を彩る骨董品は、先代が各地から買い集めたもの。味わい深い文字で綴られた、壁にかかるメニューや看板は、書道家である先代の妻や昔ながらの看板職人が手がけている。

50年以上の年月が、まるでコーヒー色のフィルターをかけたような、こっくりと深みのある喫茶店然とした空間を織りなす。ここにしかない雰囲気が重宝されて、映画やドラマのロケ地としてもたびたび登場している。

メニューの文字は、書道家だった宮沢さんの母親の手によるもの。 撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋
メニューの文字は、書道家だった宮沢さんの母親の手によるもの。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋