若者のレトロブームで、昨今再び注目を集めている喫茶店。なかでも、アルコールがメニューになく存分にコーヒーを楽しめる喫茶店のことを「純喫茶」といいます。旅行、お散歩、買い物帰りなど、たまには喧騒を離れてコーヒーと空間に思う存分浸ってみるのはいかがでしょうか。文筆家の甲斐みのり氏が『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より、大森・新橋エリアでおすすめの純喫茶を2ヵ所紹介します。
仕事に疲れたら“駅直結のオアシス”でプリン・ア・ラ・モードはいかが?…50年以上の歴史を持つ「至高の純喫茶」2選【大森・新橋】
“モボ・モガ”が歩いた街・大森に佇む、「貴族の別荘」
■大森│珈琲亭「ルアン」
昭和46年、大森で一番の繁華街にオープン
大森にある日本初のフラワーデザイン学校「マミフラワーデザインスクール」で年に数回、講師を務めるようになって随分と経つ。
大森は大正末期から昭和初期にかけて、尾﨑士郎、宇野千代、村岡花子といった多くの文士や芸術家が暮らし、「馬込文士村」と呼ばれた文化的なまち。講座が終わると、100年前にモダンガール・モダンボーイが闊歩した一帯を散策して帰るのを楽しみにしている。
ひとしきり歩いたあとは、大森駅東口側の喫茶店「珈琲亭ルアン」でひと休みして帰るのが定番のコース。昭和46年の開店当時、店の前には映画館が4館もあって、大森で一番の繁華街だったそうだ。
店名「ルアン」は、フランス北部の都市名から
ルアンの先代はもともと板橋で和菓子職人をしていたという。引っ越す予定ができて物件を探す中、ひょんなことから大森の繁華街に喫茶店の居抜き物件を見つけて一念発起。コーヒー教室に通ったり、喫茶店業務の経験があるスタッフからも惜しみなく学びつつ、コーヒー専門店を始めることになった。
フランス北部の都市名である「ルアン」という店名は、以前の店主がつけたものをそのまま受け継いだ。現在は2階建ての建物全体を店舗として使用しているけれど、創業当時、1階の一角は立ち食いうどん店で、2階には麻雀店やマスター家族の住まいがあり、今より雑多な雰囲気だったそう。
そうして少しずつ店舗を拡張し、ヨーロッパの貴族の別荘を思わせる、華やかだけれど落ち着きのある内装が仕上がった。
各所を彩る骨董品は、先代が各地から買い集めたもの。味わい深い文字で綴られた、壁にかかるメニューや看板は、書道家である先代の妻や昔ながらの看板職人が手がけている。
50年以上の年月が、まるでコーヒー色のフィルターをかけたような、こっくりと深みのある喫茶店然とした空間を織りなす。ここにしかない雰囲気が重宝されて、映画やドラマのロケ地としてもたびたび登場している。