「お義母さんの調子が悪くなれば、きっと自分を責めてしまう」ないしは「責められてしまう」……そんな「親孝行の呪い」にとらわれて仕事まで辞めてしまう妻の存在が少なくありません。本稿では、川内 潤氏の著書『わたしたちの親不孝介護 「親孝行の呪い」から自由になろう』(日経BP)より一部を抜粋し、Mさん家庭(女性、子どもあり)の実体験をインタビュー形式で交えながら、「親の面倒を直接見るのが親孝行」だという思い込みが根強く浸透している日本の介護の大きな課題点について詳しく解説します。
「夫のほうが稼いでるから私が仕事を辞めてお義母さんの介護をしよう…」都市型共働き夫婦も陥りやすい〈親孝行の呪い〉【専門家が警鐘】
「親孝行の呪い」にとらわれる妻は少なくない
Mさん:都市型共働き層には今はもうあんまり、妻も一緒に義理のお義母さんの介護に突っ込んでいくケースはないような気がするんですけど、どうですか。
川内:私の相談の中には残念ながら都市型共働きのご夫婦がたくさんいます。そして、妻が仕事を辞めちゃったりするんですよ。夫の年収と自分の年収を比べて、夫のほうが年収が高いから、だったら自分が仕事を辞めよう、って。
Mさん:理解不能だ。稼ぎが少ないことを理由に、仕事を辞める人を決めるのは最悪ですね。
川内:私もそう思います。そういう価値観で家庭の意思決定がされるというのは、夫婦の間柄にとっても、子どもに与える影響にしてもつらいですね。「結局、お金がある人が優先されるんだな」という価値観を、その子に植え付けることになるので。
Mさん:そうですね。それはそうですね。
川内:家庭という安全な場所が、そんな価値観を発信することは、子どもに大きな影響を与えると思います。そういえばついこの前相談を受けたのが、東京に夫婦で住んでいる方で、夫が早期退職して、妻もそれについていく。それで夫の田舎に帰ったと。
Mさん:ええー。
川内:帰った後、必死に介護しているのは奥さんなんです。親孝行の呪いにばっちりかかっている。他人の親でもそうなってしまう方はやっぱりいる。そして、お義母さんの調子が悪くなれば、きっと自分を責めてしまうんです。もっと私が頑張らないと、と。これが日本の介護の問題点です。介護の制度が悪いとかよりも大きい壁だと思います。親がうれしいかどうかよりも、「親の面倒を直接見るのが親孝行」という思い込みですね。
Mさん:私の義理の母が私に下の世話までされたら、たぶんプライドが木っ端みじんですよね。
川内:ですよね。でも、呪われているとそういう相手の気持ちは考えない。お母さんらしい生き方とか、自分らしい関わり方は考えない。
編集Y:「浮世の義理で私が世話しなければ」と、反射的に考えちゃうと。
「家族関係」じゃなくて「介護関係」
川内:もはや家族関係というよりは「介護関係」みたいなものが出来上がって、そりゃうまくいかないですよね。本人も苦しいけれど「その苦しさも親子の愛の証拠だ」ぐらいに思ったり。
Mさん:「介護は家族がやらなきゃいけない」って、ちょっと前までの「育児は母親がやらなきゃいけない」というのとほぼほぼ一緒ですよね。
川内:そう、そう。そうなんです。
Mさん:それが「プロに任せたほうが子育てもうまくいきますよね」というので、この10年ぐらいで相当変わってきたと思うんですけど、介護でも概念の転換が起きてくれれば。いや、きっと起きるんですよ。それを起こすのがたぶん川内さんと『親不孝介護』の役割だろうと。
川内:だといいなと思うんですけど、でもなかなか難しいなと思いながらやっています。
Mさん:介護の世界に抱いていた不信感が、私は今日のお話を聞いてすごく払拭されたんですけど、その認識が広がっていって、自分たちが提供するよりもはるかに上のクオリティーが提供されるのであれば、プロに任せようという変化は自然に起きていくような気がするんですよ。
川内:起きてほしいな。起きるといいな。