「いただく」ことのほうが多い介護の仕事

高橋洋子さん(以下、高橋):介護はこれが初めてでしたが、実は「福祉」はわりと自分の近くにありました。いろいろな施設に行って手話で一緒に歌う練習をしたりとかして、どれぐらいかな。足かけ10年ぐらいは施設やイベントに行ったりしました。

そこで皆さんとお会いして分かったことは、「私がやってあげているんじゃない。いただくことのほうが多い」んですよ。

川内潤さん(以下、川内):すごい。介護もまったく同じだと思います。だけど相手の言うことを聞く耳、聞く意識がなければ、それはいつまでたっても分からないんですよ。介護も福祉も自分で正面から「人間対人間」として関わると分かるんですよね。

『親不孝介護』は、親の介護に子ども自身が直接関わることは双方にとって不幸だ、ということを訴えている本ですが、それを仕事にする方には、「与えるよりも、与えられることのほうが実は多い」ということも知っていただけたらと強く思います。

高橋:若いうちは、介護されるお年寄りは遠い存在だと思うのは自然なことですよね。でも、若い人だって足を骨折したら車椅子に乗ったりして、誰かに助けてもらうじゃないですか。これも介護だと思うんです。だから「自分の親の介護」の話は別として、介護は人としてマストで学ぶべきことだと思っています。ちょっと格好良すぎますか(笑)。

川内:いえいえ。

編集Y:うーん(まだいま一つ腑に落ちていない編集Y)。

川内:高橋さんは、実際に介護業界に飛び込んでみて大変だと思うことはありましたか?

高橋:介護のお仕事をしたのは5年間だけ、という前提で聞いていただきたいんですが、実は私、介護の仕事をしていて大変だと思ったことはないんです。

川内:えっ、それはすごいと思います。どうして「大変だ」と思わなかったんでしょうね。

高橋:1つ打ち明け話をすると、当時の夫に「芸能人だった君には、介護の仕事をすることはできないよ」と言われたんですね。それに「なんだと!」と思ったこともあった、かもしれません(笑)。

真面目な話をしますと、私の考え方なんですが、大変だと思うとき、心が折れてしまうときって、利用者、家族、現場のスタッフのどこかに気持ちが片寄っている状態だと思うんです。誰かに気持ちが片寄ってしまうことが自分に一番ダメージを与えるから、そうならないように注意しました。

「もうダメだ」と感じそうになる前に、「違う立場の目線で今の状況を見たら、どうなるかな」ということを考えるようにするクセをつけたんです。言い換えると、すべての関係者に引っ張られすぎない、中心の立ち位置にいることができた、そのおかげじゃないかと。

編集Y:すごいですね。

高橋:すごいというか、プロとして人様を介護するならそうしないと、と、わりと早い時期に思ったんです。介護の仕事って、感情の動き一つで重大事故につながるじゃないですか。

川内:そうなんです。「怒り」「憎しみ」といったネガティブな感情が入ると、要介護者も、そして介護をする本人もすごくストレスがかかるし、事故の引き金になりかねません。

高橋:歌手はアーティスティックな仕事なので、むしろ感情があったほうがいい。でも介護の仕事は人の命に関わることなので、感情的になってはいけない、ですよね。

川内:です。だから、お互いの感情を断ち切れない「親と子ども」が、介護をする・されるのはとても難しいのです。

高橋:そこで「親不孝と思われるくらいでちょうどいい、冷静になれる第三者、プロの力を借りましょう」という考え方を、川内さんは「親不孝介護」と言っているわけですよね。私も自分の親にこれができるかというと、分からないです。

本音を言いますと、仕事の後に自転車に娘を乗せて、荷物がたくさんあって、しかも道のりは坂ばっかりで(笑)、「もう無理」と泣きながら帰宅したこともあります。それでも、職場で支え合える仲間に出会えたことが大きかったです。

私が元芸能人だと知っている人は誰もいなくて、みんな私と一人の人間として付き合ってくれたし、自分ができることは率先してやっていくという助け合える環境でした。仕事としてはそれなりにきつかったかもしれませんが、むしろ当時はすごくストレスが少なかったと思います。