家族やパートナーなど身近な人の死後、のこされた遺族には「大量の実務」が待っていると、『親を見送る喪のしごと』の著者で作家・エッセイストの横森理香氏はいいます。しかも、家族構成や状況によってぶつかる壁はさまざまです。10年前に夫を見送った編集者のNさん(75歳)は、どのように死後の手続きを進めていったのでしょうか。横森氏がNさんに話を聞きました。
〈子のいない夫婦〉車はジャガー、大型犬を飼い、ヨットでクルーズという“勝ち組ライフ”だったが…66歳夫との死別で妻が痛感した「相続の苦労」
相続権の3分の1が認知症の義母に…「子がいない夫婦」ならではの苦悩
子がいないため、相続はまたややこしいことになったという。子どもがいない証明書も提出せねばならず、戸籍謄本は20通も必要だった。
「子どもがいないから、私たちの住むマンションの3分の1は、義母に相続権が行っちゃうの。でもお義母さんは認知症でグループホームにいたから、相続権放棄の書類を作成するのに、お義姉さんに成年後見人になってもらって、代行してもらったの」
不思議な話だが、夫の死後、夫婦で住んでいたマンションの一部がお義母様のものとなり、もしお義母様が元気で守銭奴だったら、売却して遺産を分割せねばならないのだ。しかし、後見人となったお義姉様が遺産を放棄してくれたので、Nさんは住み続けることができた。
「このへんの手続きはもう素人では無理なので、司法書士さんにお願いして、相続証明書を作ってもらったの」
法定相続情報一覧図
被相続人の相続関係を一覧にした家系図のようなもので、相続にまつわる負担が軽減できます。作成方法は、法務局のホームページから申請書をダウンロードし、管轄する登記所へ必要書類(故人の戸除籍謄本等)を提出。交付手数料は無料で、複数枚の発行が可能です。
自筆遺書、定期預金…夫がのこした「置き土産」
相続証明書には、夫君の自筆遺書もついている。財産は100パーセント妻に残すという文面だ。司法書士への謝礼は30万円だったというが、法的効力のあるちゃんとした証明書を作ることで安心できた。
「最近になって、またひとつ相続があったの。ゆうちょの10年定期預金が満期になりましたって連絡があって」
それは3年前のこと。お義母様はすでに亡くなっていた。すると、この預金は2分の1をNさん、4分の1ずつをお義姉様2人と分割相続することになる。しかし、2人は辞退したという。
75歳、1人のこされたNさん自身の「終活」
1人暮らしのNさんは、いつ何があってもいいように、合鍵を妹さんと、長年の犬友であるお隣さんに渡してあるという。そして、「延命措置は拒否、葬式はなし。遺骨は夫と同じ場所に散骨してほしいという要望書を書いて、冷蔵庫に貼ってあるの」
夫君の遺骨は、ヨット仲間によって海に撒かれた。
「散骨サービスをする業者に頼めば、ちゃんと遺骨粉砕して、海に溶ける紙で梱包してくれるの。ヨット仲間は10人だから10個作ってもらって。それにお花を添えて、みんなで散骨したの」
その同じ場所に、自分のお骨と、歴代の犬たちの遺骨も撒いてもらう約束をしているのだという。
マンションと財産は姪っ子さんに残すことを、遺言書に書いた。
「遺言書は手書きじゃなきゃダメだから、いまの私たちには大変よ。パソコン慣れしてるから、字がちゃんと書けないじゃない? 行書のような崩し字はダメ、楷書でしっかり、誰が読んでも読めるように書かなきゃいけないから」
あ、それ1番苦手、と私は思った。60歳のいまでも、自分で書いたメモが読めない(笑)。終活用に、ペン字でも習おうか。
遺言書
遺言書には、本人が自筆で書く「自筆証書遺言」と、公証役場で公証人が作成する「公正証書遺言」があります。費用や手間はかかるものの、法律上の不備を避けられるのは後者です。
横森 理香
一般社団法人日本大人女子協会
代表作家/エッセイスト