VRは人間の感覚に訴えかけ、仮想的な体験を実現する技術です。五感のうち、「視覚」と「聴覚」は映像・音声により高度に再現されています。しかし、未だに課題となっているのは「触覚」「嗅覚」そして「味覚」です。このうち、「嗅覚」への刺激、すなわち匂いをVRで再現する未来は目前まで迫っているといいます。本記事では、VR空間における「匂い」の実現を目指す研究開発に焦点を当て、その可能性について考えていきます。
バーチャル空間で「匂い」を再現し、実現する高い没入感…“多感覚メタバース”の可能性とは? (※写真はイメージです/PIXTA)

※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

没入感を高めるVRデバイス…クラウドファンディングではわずか1時間で目標額を達成

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

嗅覚は、私たちが「空間」を感じる上で重要な感覚の1つです。

 

たとえば、VRゴーグル(VR HMD)を使用して360度の森林を体験しながら、鳥のさえずりや川のせせらぎを耳で聞き、同時に新緑や木の香りを感じることができれば、没入感は大きく向上するでしょう。

 

VRの没入感について、過去に実施されたプロジェクトの1つに「Feelreal」が挙げられます。

 

Feelrealは、香りや水蒸気、温冷感、振動などを再現することで、VR体験の没入感を向上させるデバイスです。過去に実施したクラウドファンディングでは開始からわずか1時間で約220万円という目標額を達成。1日で目標の4倍の資金を集めるほどの注目を浴びました。

 

FeelrealはVR用のマスクで、香りだけでなく雨や風、振動、さらにはパンチの感覚もシミュレートできます。これにより、ユーザーはVR空間内でよりリアルな体験ができるのです。

 

この例のように、VRヘッドセットに香りの発生機器を取り付ければ匂いの再現することは可能です。特定のタイミングで特定の香料を放出することは、技術的にも難しくないとされています。

 

チャレンジングなのは、色でいうところの三原色のように、既存の匂いをデータ化して、デバイス上で再現することです。

 

光の三原色を組み合わせで成り立つ色とは異なり、匂いには、40万以上の要素臭(特定のにおい成分)が必要とされています。生物の鼻には多数の嗅覚細胞があり、それらの細胞に匂い物質が付着すると、各嗅覚細胞は異なる信号を発します。この信号パターンを脳が認識することで、人間は匂いを識別すると考えられています。

 

つまり「匂いの近似値」を再現できれば、VR×匂いの実現にグッと近づくのです。

 

この分野で注目されているのは、22年4月に東京工業大学科学技術創成研究院が発表した「嗅覚ディスプレイ」。これは、数十種類の基本的な香りを組み合わせることで、任意の匂いを即座に作り出す技術です。

 

この研究を主導した中本高道教授は、この技術がエンターテインメント、ゲーム、アニメーション、映画、オンラインショッピング、広告、イベント演出、介護・医療……と、多くの分野で応用できると話しています。