イーロン・マスクはXをスーパーアプリに育てられるか
このように見ていくと、野心あふれる起業家であるイーロン・マスクがXをスーパーアプリにしたいと考えるのも理解できそうです。
ただ、その道のりは簡単なものではなく、失敗する可能性も高いと考えられます。こんなに便利なスーパーアプリですが、世界的に見てもほとんどありません。成功例としてあげられるのは、中国のアリペイとウィーチャット、そしてインドネシアのゴジェックぐらいなのです。日本でも決済アプリのPayPayがスーパーアプリを目指して多くの機能を搭載し、ミニプログラム(PayPayでの名称はミニアプリ)にも対応しましたが、まだ普及したとはいえません。
というのも、多くの企業はすでに自分たちのウェブサイトやアプリを持っており、利用者にはそれを使ってほしいと願っているからです。プラットフォーム企業の傘下ではなく、独自にユーザーと接点を持ちたいためです。
それでも中国やインドネシアでスーパーアプリが広がったのは、企業のウェブサイトやアプリが普及する前にスーパーアプリが普及したためです。利用者もそれに慣れてしまいました。企業が今から自社サイト、自社アプリに利用者を呼び込もうとすれば、膨大な労力とお金が必要になるので、しぶしぶ従っているという面があるのです。
こうした事情は中国に進出している日本企業も同じです。たとえば、生活雑貨の無印良品はMUJI passportという会員アプリを運用していますが、中国ではミニプログラムとして提供しています。当初は中国でも独自のアプリに登録してもらおうとしたのですが、消費者の抵抗感が強かったようです。
Xが主要マーケットとしているのは、日本や米国などの先進国です。今からスーパーアプリを目指しても第三者企業はなかなか協力してくれないでしょう。また、私たち消費者もすでにさまざまなサービスを使うためのアプリをインストールしており、スーパーアプリに乗り換えようという動機はあまりありません。
そう考えると、イーロン・マスクが目指すXのスーパーアプリ化構想はかなり厳しいようにも思われます。うまくいかなかったらXのサービス自体が終了してしまうのではないかという点も気がかりです。ただ、マスクはこれまでEV(電気自動車)のテスラや宇宙スタートアップのスペースXなど、困難とされてきた事業を成功に導いてきただけに、逆転の秘策に期待しましょう。
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高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。
2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。