近年、「遠隔手術」への関心が高まっています。2022年6月には日本外科学会が遠隔手術に関してのガイドラインを作成するなど、国内でも医療現場での応用が現実味を帯びてきました。さらに、2023年に入ってからは、国内で遠隔手術に関する実証実験の成功報告も相次いでいます。期待が高まる「遠隔手術」の歴史と可能性について、尾崎章彦医師(ときわ会常磐病院乳腺甲状腺外科)が解説します。※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。
かつて「6,230km離れた場所にいる患者」の手術に成功したことも…加速する「遠隔手術」の今 (※写真はイメージです/PIXTA)

遠隔手術とは?「従来の手術」と何が違うのか

(写真=PIXTA)
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遠隔手術とは、一般に、情報通信機器を用いながら、手術支援ロボットで実施する手術と定義されます。しかしこのように説明しても、多くの読者はなかなかイメージを持ちにくいのではないでしょうか。というのも、テレビドラマなどでは、外科医(術者)が患者のすぐ脇に立ちながら(この状況を、「外科医が術野に入っている」と我々は呼んでいます)、自らメスを振るって手術を実施していく様子が描かれがちだからです。

 

もちろん、現在もこのような手術は実施されています。例えば筆者が専門とする乳がんにおいては、術者が術野に入り、直接病巣を取り除くような手術が圧倒的に主流です。また、過去20年ほどで急激に普及した内視鏡手術も、状況はおおむね同じです。内視鏡手術においても、術者はやはり術野に入り、モニターに映し出された画面を見ながら、自らの手で器具を操って手術を実施していきます。

 

有史以来、今世紀に入るまでずっと「手術」とはそういうもの、つまり原理上、遠隔では不可能なものだったのです。

 

その「遠隔手術」を可能にした最大の発明が、手術支援ロボットです【図表】。手術支援ロボットとは、術野で患者の体に取り付けられたロボットアームを、術者が術野外から操作するようなシステムです。

 

(写真=PIXTA)
【図表】手術支援ロボット (写真=PIXTA)

実は「10年以上前」から実施されていた!遠隔手術の歴史

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現在記録されている中で最も古い遠隔手術は、2001年9月7日、ニューヨークのフランス人外科医ジャック・マレスコー博士が実施したものです。マレスコー博士はニューヨークにいながら、6,230km離れたフランスのストラスブールに住む68歳の女性患者に対し、遠隔で胆嚢摘出手術を実施しました。手術支援ロボットとしては、米国コンピューターモーション社が開発した「Zeusロボットシステム」が用いられました。また、通信手段としてフランステレコム社が高速の光ファイバーATM回線を提供したことで、通信遅延はわずか155ミリ秒に抑えられたといいます。

 

この手術は、ニューヨークからパリへの大西洋横断飛行の先駆者であるチャールズ・リンドバーグにちなみ、「リンドバーグ手術」と名付けられました。そして、その詳細は世界的な学術雑誌『Nature』に掲載され、当時、国際的に大いに関心を集めました。

 

(写真=PIXTA)
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リンドバーク手術の成功を受けて、マレスコー博士のチームはカナダでも遠隔手術の応用を進めました。そこでは現地の通信会社ベルカナダの通常回線を用いて、マレスコー博士のチームが遠隔でロボットアームをコントロールしながら、現地にいる若手外科医の手術をサポートする、という方法が採用されました。結果として、患者は現地にいながら実現しうる最上の治療を受けることができ、若手外科医は一流外科医から指導を受けられ、マレスコー博士らは、現地に行かずにその経験や知識を次の世代に伝えることができました。こうして、リンドバーグ手術より実践的で、かつ、患者・若手外科医・一流外科医の三者がいずれも恩恵を受けられる選択肢を取りながら、胆嚢摘出術だけではなく食道裂孔ヘルニアや鼠径ヘルニア、腸切除術といった合計20もの手術が、大きなトラブルもなく実施されました。

 

その後も遠隔手術の経験が多数蓄積され、日本でもこの数年、遠隔手術を本格導入しようという機運が全国的に高まっています。その最大の理由は、ロボット支援手術システムが国内で劇的に普及したことにあります。