※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。
進歩を続ける「クルマ×脳」の研究領域…SFチックな「できたらいいな」が現実になる日 (※写真はイメージです/PIXTA)

運転者の緊急事態…クルマが的確に判断&自動でサポート

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

時速80kmのクルマが三車線の走行路を進みます。

 

「それでは、グッタリと倒れ込んでください」

 

助手席のエンジニアが、運転席にいる私へ指示を出します。しかし、長年の運転経験を持つ私は、倒れ込むことを躊躇(ちゅうちょ)してしまい、実験はいったん仕切り直しへ。

 

(異常事態になったら、本当に大変なのだから…)

 

それを確認するため、「思い切って〈グッタリ〉しなければ!」と心に決め、シートから左斜めの方向に倒れこみました。

 

するとただちに、マツダ「CO-PILOT(コ・パイロット)」システムがドライバーの異常を検知。緊急モードになったことを知らせる車内表示が点灯し、警戒音が響きます。

 

クルマは自動的に速度を落とし、後続車の状況を十分に配慮しながら車線変更。そして、路肩に設置してある非常停車帯で停止します。この状態で、クルマのシステムが自車位置を119番通報――。

 

これは、私が2021年11月に広島県のマツダ三次自動車試験場で体験した「異常時対応システム」でのワンシーンです。

 

この時点ではまだプロトタイプでしたが、2022年12月に国内発売されたSUVのマツダ「CX-60」には、「ドライバー異常時対応システム」として搭載されている機能です。

 

走行中、運転手の身体の不調によって運転が継続できない状況となり、大きな事故につながった事例は世界各地で報告されています。

 

そこで、車内でのドライバーモニタリングシステムと、自動運転技術を活用した先進運転支援システムを連動させることで、ドライバー異常時対応システムが世に出ることになったのです。

 

最新テック系技術が、自動車の安全と直結した成功事例だと思います。

 

ドライバー異常時対応システムは、国連の関連会議の場で、世界の国や地域がクルマの保安基準について協議し、最終的には基準化されています。

身体の基礎データを車に取り込み、安全性能を飛躍的にアップ

(※写真はイメージです/PIXTA)

 

こうした技術の発想自体は、数十年前から欧米や中国でも学術的な研究としては存在していました。

 

ただし、量産化に向けて本格的な議論が進み始めたのは、2010年代半ばと、まだ日が浅いのが実状です。

 

背景には、半導体の処理能力の向上、車外カメラでの画像認識技術による、人工知能(AI)の考え方も含めた高度な解析プロセスの実現など、様々な要因があると思います。

 

もうひとつの大きな要因として「脳」に関する医学領域とのクルマの技術との連携があげられるしょう。

 

クルマの開発において、身体との関係については様々な研究開発がなされてきました。 その多くは、人の筋肉や関節の動き、骨格、または車内での目の動きや顔の表情といった分野にとどまってきたように思います。

 

それが近年、脳の働きを映像化・数値化する技術が発達したことで、「クルマの運転と脳の機能の関係性」について、「クルマと身体」との関係により一層踏み込んだ研究が進んできています。

 

たとえば、運転しているとき、脳のどの部分が、どのように機能しているかを知るために、MRI(磁気共鳴画像)診断器を使って脳のデータ計測をするといった事例もあります。実験に参加する人は、ドライビングシミュレーションを操作した状態で身体を横にして、MRIに入るのです。国内では、国内ではホンダとマツダが実施しています。

 

脳については、まだ多くの謎が隠されているといわれていますが、テック系技術によってさらに脳研究が進むことが考えられますので、車両開発における「クルマと脳」の関係性も一段と深まることになるでしょう。

 

先に紹介した「ドライバー異常時対応システム」についても、私が実験で行った、気絶するような大きな身体の動きがなくても、システムが事前に運転者のリスク判断を行い、運転の中断をドライバーに知らせるようになるかもしれません。目の動きやハンドル操作、そしてその人の身体的な基礎データやその日の健康状態など、様々なデータとファクトから脳の動きを検知し、走行中に発生しうるリスクを事前に回避する、という考え方です。