本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。2021年6月9日、中米エルサルバドルでビットコインを法定通貨とする法律が可決・成立、9月7日以降、エルサルバドルではビットコインをあらゆる支払いに使えるようになりました。しかし、法案成立から8カ月後の2022年2月9日、格付機関フィッチ・レーティングスは、エルサルバドルの格付けを投機的水準にあるB-からCCCへ引き下げることを発表しました。また、ビットコイン価格は低迷しており、エルサルバドルはビットコイン購入による含み損を抱えているとも言われています。こうした背景から、エルサルバドルによるビットコインの法定通貨化は失敗だったという論調の記事も少なくありません。しかし、ビットコインの法定通貨化は1年程度で成否を判断するようなスパンの問題とは思えないのです。エルサルバドルがビットコインを法定通貨としてから約1年3カ月が経過したいま、ビットコイン法定通貨化の意義を考え直してみようと思います。
ビットコインを法定通貨化…エルサルバドルとIMF、双方の狙いとは? (※写真はイメージです/PIXTA)

「暗号資産の法定通貨化」という大きな一歩

ここまでの話で、「ビットコインなど暗号資産の持つ威力は分かったけれど、法定通貨化する必要まではなかったのでは?」と疑問をもつ方もいるかも知れません。

 

実際、まさしくその通りだと思うのですが、ただ、エルサルバドルでビットコインが法定通貨化された2021年時点で、生活のすべてを暗号資産で完結していた人はいないと思われます。とくに、国によっては(例えば、筆者の会社でマイニング事業をしているロシアなどでは)、法令によって、ロシア人・企業の間での決済は法定通貨のルーブルの使用を強制されているので、生活上の決済をすべて暗号資産で完結させるということは、法令上不可能なのです。

 

ですから、法定通貨を暗号資産に替えたい、また逆に、暗号資産を法定通貨に替えたいという需要はあります。「ならば、暗号資産取引所で交換すればいいのでは?」という声が聞こえてきそうですが、それはなかなか難しいのが実態です。

 

たとえば、香港では暗号資産の取引は禁止されていないのですが、実際には、暗号資産取引所から送金されると銀行口座が凍結されてしまうことが多く、法定通貨と暗号資産の交換は、それほど簡単ではないという事情があります。

 

そうした国の富裕層が、資産をエルサルバドルに送れば、完全に合法的に、法定通貨を暗号資産に替えることができる、逆に、暗号資産を法定通貨に替えることもできるわけです。

 

この辺りについては、筆者自身もエルサルバドルに足を運んだことも、銀行口座開設にトライしたこともないので、明確なことは申し上げられませんが、もし、現地在住でない外国人であっても銀行口座開設が簡単にできるなら、エルサルバドルを拠点に、法定通貨と暗号資産との間の交換を簡単にできるということになりそうです。

 

 

「金融の安定を損なう」…勧告したIMFの胸の内

暗号資産が、銀行のような中央集権的で政府の管理を受ける機関を通さなくても送金できるということは、プラス面だけでなくマイナス面も考えられます。

 

もしも「エルサルバドルでなら、暗号資産も法定通貨の世界へ持ち出しやすい」ということになれば、エルサルバドルはアングラマネーが集まりやすい仮想資産のマネーロンダリングの拠点になりかねない…というわけです。

 

そのような背景があってからか、2022年1月25日、IMF(国際通貨基金)はエルサルバドルに対し、金融の安定を損なうなどとして、ビットコインを法定通貨から外すよう勧告しました。

 

IMFがこの勧告をした2022年1月25日時点で、ビットコインの価格は、前年11月から約半分にまで落ち込んでおり、この点を鑑みると、エルサルバドル国民の利益を考えた「温かい勧告」だと思えます。

 

ですが、米ドルを通じて世界を支配してきた米国政府や、その影響下にあるIMFにしてみれば、米ドルを通じた世界支配を脅かしかねないビットコインの法定通貨化について許しがたく思っていることは容易に想像できます。その点から、IMFの勧告もハートウォーミングには受け取れないでしょう。

 

このように、エルサルバドルによるビットコインの法定通貨化も、これを止めるよう勧告したIMFも、大義名分もあれば裏の目的もあるのではないかと思われますし、それこそが歴史のダイナミズムだといえます。

 

私たちは「通貨」という生活の基盤がこれほどまでにダイナミックに動く、スリリングで面白い時代を生きています。どのような展開が繰り広げられていくのか、今後も要注目です。

 

 

 

小峰孝史
OWL Investments マネージングディレクター・弁護士