本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。我々の生活に比較的身近なテクノロジーについての紹介・説明記事や、よりよい体験をもたらすためにテクノロジーを用いているモノやサービスについての情報を発信しています。第1回目は、2023年4月から給与払いの選択肢として新たに加わる「ペイ払い」について、解禁後浸透していくのか、またその理由を、日経ヴェリタス人気アナリストランキング(銀行部門)2005年~2015年1位の実績を持つ東洋大学国際学部教授の野崎浩成氏に解説いただきます。
2023年解禁の「デジタル給与払い」。「電子マネー」で給料をもらうスタイルは浸透するか? (※写真はイメージです/PIXTA)

25年ぶりに増える「給与受け取りの選択肢」


「デジタル給与払い」と聞いてもピンとこない方が多いと思うが、一先ずの理解としては「稼いだお金をチャージ不要でキャッシュレス払いに使える」というところで問題ないだろう。

 

あらゆる面で多様化が進む現代社会において、給与の受け取り方も従業員のライフスタイルに合った多様な選択肢が求められてくる。

 

しかし、現状、労働基準法には「給与はキャッシュに限る」といった内容が定められている。これには、働き手の利益を守る趣旨が背景としてあり、業績悪化など会社側の事情で、勝手に給与の代わりとして商品の現物支給等をさせないための措置である。

 

こうした労働基準法第24条で定められた原則を「賃金支払いの五原則」と言い、「①通貨(現金)で②直接労働者に、③全額を、④毎月1回以上、⑤一定期日を定めて支払わなければならない」と記されている。

 

しかし、現金手渡しの非効率性や安全性などの問題もあり、あくまで「例外的」に銀行口座振り込みが認められてきた経緯がある。1975年から銀行口座、98年から証券総合口座への振り込みが認められ、そして今回、新たな労働基準法改正省令の公布により、2023年4月から「ペイ払い」が選択肢として加わることとなったわけだ。なんと例外規定の追加は1998年の前回の改正から四半世紀ぶりという、いわば時代の変革を物語る改正と言える。

 

デジタル給与払いが加わった背景

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

給与受け取りの選択肢が増えることは、労働者にとっては望ましいことだ。しかし、デジタル決済の普及が進んで久しいにもかかわらず、「デジタル給与払い」解禁がこのタイミングだったのはなぜだろう?

 

キャッシュフローのデジタル化が推進されれば、企業と従業員、消費者と企業という経済のサイクル全体に「現金」を介す必要がなくなり、コスト削減と時間的ロスを抑制できる。分かりやすい例としては、銀行口座への給与振り込みでかかる手数料が削減できるほか、ATMで現金を引き出す手間や手数料もなくなる。

 

最近では「働き方」も多様化していて、給与支払いのタイミングも月1回とは限らないケースも増えている。振り込みに係る手続きやコストが、デジタル化により省けるメリットは無視できない。近年、銀行が小銭の取り扱いに手数料を求めるなどの動きもあり、現金がもたらすコストは無視できない存在となっている。こうしたお金の流れをデジタルの世界で完結させることにより、効率性が向上し、生産性改善の期待も持てる。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

もう一つは、少子高齢化に悩む課題先進国として、経済成長をけん引するために海外からの労働力を積極的に取り込もうとするなか、外国人が国内で銀行口座を開設する際の手続きの煩雑さ、また個人の事情により口座を持てない場合も考えられる。後ほど紹介するが、給与受け取りと消費活動を1枚のカードで行えるアメリカの「ペイロールカード」は、移民国家であるアメリカの状況を反映しているといえるだろう。