(※写真はイメージです/PIXTA)

相続対策というと、贈与などの生前対策がピックアップされがちだが、揉めない相続をするためには、被相続人の死後や相続の手続き方法など、「相続が発生した後」のことについても知っておく必要がある。年間1,700件以上の相続事例を請け負う「ベンチャーサポート相続税理士法人」の古尾谷裕昭税理士ならびに三ツ本純税理士に、揉めない相続のヒントを伺った。(取材・文=小倉千明)

やるべき相続対策は「生前の節税対策」だけではない

 

相続税の申告はいつでも可能なのではない。まず相続税には申告期限があることを知っておかなければならない。法律では“被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10ヵ月以内”と定められている。この期限を過ぎてしまうと、相続税の配偶者控除や小規模宅地等の特例など、相続税を減額するためにもとても有効な制度が受けられなくなることがある(なお、相続した財産が相続税の基礎控除額を下回る場合、相続税の申告は不要)。

 

「10ヵ月は意外とあっという間に来てしまいます。年功序列で考えると親が先に被相続人になるので、事前に親の資産状況を把握しておくことが大切です。被相続人が亡くなってから、生前対策が必要だったことを知るケースも多いです。具体的には、保険加入の有無、預金状況、証券口座などを通帳や郵便物で確認するなどでしょうか」

 

そして何より相続で揉めないために最も重要なのは、当人が相続対策について生前に認識しておくことだ。そうすることが生前対策に繋がり、残された遺族の相続手続きが円滑に進むことも多くなる。生前対策の一環としても、資産状況は把握しておくほうが良さそうだ。

 

「デジタル資産を持っている方も要注意です。ビットコインなどのNFTや先物取引の存在に、相続人が誰も気づかずにそのまま放置されていたために、時が経って急激に価値が暴落していたというケースもあります。エンディングノートなどを作り、生前に自分の財産についてまとめておくのがおすすめです」

遺産分割協議が10ヵ月以内に終わらないケースの特徴

 

相続で特に揉める問題は、遺産分割だろう。具体的にどんな問題が起こるのだろうか?

 

「親に別の財産が見つかり、親族内で遺産分割について揉め始めて、申告期限の10ヵ月を過ぎてしまったというケースがあります。期限を過ぎてしまうと、法定相続として納税することになり、様々な特例が使えない状態になります。

 

私たちが見てきた中では、ほとんど10ヵ月以内に遺産分割協議は終わりますが、期限内に終わらないケースの特徴はいくつかあります。1つ目は、相続問題への動き出しが遅い方です。ショックを受けていて何も手がつかないなどで、相続の発生後に手続きをスタートするために準備時間がかかってしまうパターンです。

 

2つ目は、相続人や兄弟同士が疎遠になっていて、遺産分割が確定しにくい状況のパターン。コミュニケーションや関係づくりからのスタートになるので、時間もかかります。生前に親の面倒を見ているか見ていないかなども問題になりがちで、揉め始めると収集がつかなくなることも…。

 

また相続人が認知症というパターンも一定数あります。分割協議をするために成年後見人が必要となれば、その準備に3ヵ月ほどかかります。そうすると、期限の10ヵ月に間に合わず分割できない場合もあります」

相続トラブルを避けるには「遺言書」が一番

 

これらのような最悪の事態を避けるためには、どうすればよいのだろう? 古尾谷氏と三ツ本氏が勧めるのは、遺言書を残すことだという。遺言の効果は強力で、法定相続分を超える相続や下回る相続も有効となる。遺言を残していれば、ややこしい分割協議を基本的に避けることが可能なのだ。

 

「たとえば子どもが未成年の場合だと、分割協議をする場合は、代理人を立てることが必要となります。遺言があればその手続きも省くことができ、手続き面もスムーズです。遺言を残す人も増えてきたとはいえ、日本では全体数から見るとまだまだです。我々が見てきた相続税の申告をする人の中で、5%未満でしょうか。アメリカでは遺言を残す割合が高いです。これには弁護士が身近なことも理由の一つかもしれません」

 

もちろん遺言があっても、遺言書の内容と異なる遺産の分割協議が実行されることもある。しかし遺言はあるに越したことはないというのが、二人の見解だ。遺言は被相続人が亡くなる前の最後の意思表示。生前から相続に対する意識を持つという部分にも意味がありそうだ。

 

同時に、生前のうちに親子どもを含めた話し合いをする重要性も説いている。年末年始など家族が全員揃うときに、親の気持ちを聞いておくこと。家族内のコミュニケーションを取っておくこと。一見当たり前に思えるこの作業を行うことが、揉めない相続に繋がるのだ。

「専門家への相談」が相続税対策の近道

 

相続対策は容易ではない。なぜなら被相続人の資産状況、相続人の家族構成や適用可能な特例などによって十人十色の対策シミュレーションが生まれるからだ。

 

「一次相続だけではなく、残された相続人(配偶者など)も亡くなり、子どもだけが相続人となる二次相続という場合もあります。状況に合わせてシミュレーションをどう組むかで、一次相続と二次相続と合わせたトータルの相続税の金額が変わってきます。

 

また、気をつけなければならないのは、『小規模宅地等の特例』といった特例関係です。適用要件は宅地によって変わりますが、要件の一つに、申告期限まで所有権を持っていることを挙げているものがあります。ところが相続が発生してから10ヵ月が経過する前に急いで売却してしまい、特例が受けられず、結果として納税額に1,000万円の差がついてしまったというケースがありました。

 

他にも、住居の区分所有がされているかいないか、子どもと同居をしているかいないかで、小規模宅地等の特例が適用可能になるかどうかも変わってきます。すでに同居する予定があれば、同居の時期を早めることでこの特例が使えることもあるのです」

 

配偶者居住権も節税に有効だとして、一時期メディアで叫ばれたこともある。配偶者居住権は被相続人が亡くなった後でも配偶者が賃料の負担なく、被相続人と住んでいた建物に住み続けることができる権利だが、状況によっては、配偶者居住権を設定することで相続税に関しては余計にややこしくなってしまうこともあるという。

 

「配偶者居住権の本来の目的も含めて、どれが一番効果的な節税になるのかを判断するのは、素人にとっては難易度が高いでしょう。私たちが相談に乗る際は、相続税の概算計算をして、その方の状況に合わせた最も良いと思われるカードを提案します。無料相談なども積極的に使わないのは損。知っているのと知らないのとでは、大きく未来が異なると思います」

 

資産が多いほど相続税対策も複雑化しがち。自分だけの判断で行動せず、知識のある専門家に相談をすることで、揉めない相続が叶いやすくなる。

 

次回は、「相続の専門家」の選び方について見て行こう。

 

 

古尾谷 裕昭

ベンチャーサポート相続税理士法人(相続サポートセンター)

代表税理士

 

三ツ本 純

ベンチャーサポート相続税理士法人 税理士