今回は、建築基準法違反の建物の請負工事契約の有効性について見ていきます。本連載では、弁護士・犬塚 弘氏の編集(代表)、共著『建築紛争 判例ハンドブック』(青林書院)の中から一部を抜粋し、建築紛争の中でも「契約の有効性・仕事の完成」に関する重要判例(判決の内容、解説)を取り上げ、紛争予防と問題解決への実務指針を探ります。

建築確認取得の後、建物を違法に建築することを計画

【ケース】

建築基準法違反の建物の請負工事契約の有効性

最高裁平成23年12月16日判決(平成22年(受)第2324号)

判例時報2139号3頁、判例タイムズ1363号47頁

 

【争点】

建築基準法違反の建物の建築を目的とする請負工事契約が公序良俗に違反し無効となるか

 

【判決の内容】

●事案の概要

本件は、賃貸マンション2棟(以下「本件建物」という)の請負工事契約(以下「本件契約」という)を締結した本訴原告(反訴被告)X(請負人)(以下「X」という)が、本訴被告(反訴原告)Y(注文者)(以下「Y」という)に対して、本工事の請負代金(総額9200万円)及び追加変更工事代金の残金約2600万円を請求した(なお、Yは工事代金のうち7180万円はXに支払っていた)(本訴)のに対して、Yが、Xに対して、本件建物の瑕疵修補に代わる損害賠償等として約4100万円を請求した(反訴)事案である。なお、本件建物については、Yらにおいて、建築確認申請における貸室数より実際の貸室数を多く設けることや、ロフト高を高くすること等、建築確認を取得した後に、一部これと異なる内容の建物を違法に建築することを計画しており、そのため、確認図面のほかに、これと異なる内容の実施図面が作成されていた。そして、実施図面どおりに建物を建築した場合、同建物は、耐火構造に関する規制、北側斜線制限、日影規制、建ぺい率制限、容積率制限、避難通路の幅員制限等の、建築基準法、同法施行令及び東京都建築安全条例に違反する違法建物となるものであった。

 

1審判決(東京地判平21・3・27(平成18年(ワ)第8630号,平成19年(ワ)第5964号))は、Xの本訴請求について約2400万円を認容し、Yの反訴請求について約1150万円を認容したが、双方が控訴した。控訴審判決(東京高判平22・8・30判時2093号82頁、判タ1339号107頁)は、本件契約について,クリーンハンズの観点から、本件契約は強行法規違反ないし公序良俗違反として私法上無効であり、X及びYの双方とも有効性を主張できないと解するのが相当であるとして、Xの本訴請求とYの反訴請求のいずれも全て棄却した。

 

これに対して、Xのみが上告受理申立てを行った。

建築工事請負を業としながら、極めて悪質な計画を了承

●判決要旨

最高裁は、Xの上告受理申立てを受理し、大要以下のとおり判示して、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。

 

本件契約は、違法建物となる本件建物を建築する目的の下、建築基準法所定の確認及び検査を潜脱するため、確認図面のほかに実施図面を用意し、確認図面を用いて建築確認申請をして確認済証の交付を受け、いったんは建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済証の交付を受けた後に、実施図面に基づき違法建物の建築工事を施工することを計画して締結されたもので、上記計画は、確認済証や検査済証を詐取して違法建物の建築を実現するという大胆で、極めて悪質なものであった。加えて、本件建物は、実施図面どおりに建物が建築された場合、北側斜線制限、日影規制、容積率・建ぺい率制限に違反するのみならず、耐火構造に関する規制違反や避難通路の幅員制限違反など居住者や近隣住民の生命、身体等の安全に関わる違法を有する危険な建物となるものであり、違法の程度は決して軽微ではない。Xは、積極的に違法建物の建築を提案したものではないが、建築工事請負を業としていながら、上記の大胆で極めて悪質な計画を全て了承し、本件契約の締結に及んだもので、またXがYからの依頼を拒絶するのが困難であったとの事情もうかがわれないから、本件建物の建築にあたって、Xが明らかに従属的な立場にあったとはいい難い。以上の事情に照らすと、本件建物の建築は、著しく反社会性の強い行為であって、これを目的とする本件契約は、公序良俗に違反し、無効であるというべきであり、本件の本工事代金の請求を棄却した原審の判断は是認できる。

 

他方、追加変更工事については、本件の本工事の施工開始後、区役所の是正指示や近隣住民からの苦情を受けて別途合意の上施工されたもので、その中には本工事により生じていた違法建築部分の是正工事も含まれていたことから、本件の本工事の一環とみることはできない。本件追加変更工事は、その中で計画されていた違法建築部分につき、その違法を是正することなくこれを一部変更する部分があれば、その部分は別の評価を受けるが、そうでなければ、これを反社会性の強い行為という理由はないから、その施工の合意が公序良俗に反するものということはできない。Xは、本訴請求にあたり、本件追加変更工事の施工の経緯と内容、本工事の代金と追加変更工事の代金の区分等を明確にしておらず、本工事の代金部分と追加変更工事の代金部分を区別できないから、Xの敗訴部分は全て破棄を免れない。

建築紛争判例ハンドブック

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